加えて、中国が国内で「デジタル人民元」に関する実証実験を進める中、今回の大統領令では、海外の中央銀行デジタル通貨が米国の利益に与える影響や他の通貨を置き換えてしまう可能性についての調査も求めています。また、国際的な中央銀行デジタル通貨の調査研究において、米国がリーダーシップをとるべきであるとも述べています。
このように、今回の大統領令の内容をみると、現在の状況下で米国当局が暗号資産や他国の中央銀行デジタル通貨に持つ懸念を率直に表明している部分が数多く見受けられます。
持続可能性と脱炭素化
また、今回の大統領令では、暗号資産などの「マイニング」がエネルギー需要や気候変動に及ぼす影響についても調査するように命じています。一方で、ブロックチェーンなどの新しい技術が、気候変動対応に貢献し得る余地についても調査するよう求めています。このように、「気候変動対応」という論点が前面に出ていることは、現在の世界の議論を反映しているように思えます。
今後の検討の方向性
大統領令では、仮に米国が中央銀行デジタル通貨(デジタル・ドル)を発行することになった場合の法的対応も含め、暗号資産や中央銀行デジタル通貨に関するさまざまな論点について、今から半年の間に関連機関が連携しながら、短期集中的に包括的な調査を行い、大統領に報告するよう求めています。
現下の国際情勢、および、大統領令にも表明されている米国当局の安全保障や違法な金融行為の防止などへの強い関心を踏まえますと、今後、匿名性を売り物にする暗号資産やKYC(顧客確認)の甘い暗号資産、これらを用いた送金などに対し、米国当局は厳しいスタンスで臨むと考えられます。
これまで暗号資産や中央銀行デジタル通貨に関する議論は、金融システムや金融政策への影響など、経済的な論点に関するものが中心でした。しかし、支払決済システムは本質的に、各国の通貨発行権やインフラの監視・制御、さらには経済安全保障などとの問題とも深く関わるものです。今後、暗号資産や中央銀行デジタル通貨に関する議論はますます、安全保障のような経済を超える論点にも広がっていくことになるでしょう。
◎山岡 浩巳(やまおか・ひろみ)
フューチャー株式会社取締役/フューチャー経済・金融研究所長
1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。
◎本稿は、「ヒューモニー」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。