相談されたAさんは聞かれるやいなや、厳しめの表情で『若い人に貸して店をやってもらえば良い。そうすれば店を手放さずに済む。その代わり、あなたたち夫婦は引退する必要がある。このままでは、店も働くことも両方失う』と言った。
一方、Bさんは少し考えて、店の外に出て駅の方を指さし、『駅前にはロッカーに入らない大きい荷物を預けたい人が大勢いる。喫茶店のスペースを荷物預かり場所にすればよい。そうすれば夫婦は引退する必要がない。店も働くことも両方続けることができる』と言った。
以降、Bさんが考えたビジネスは「荷物置き場シェアリング」と呼ばれ、多くの駅前で場所を貸したい店と大きな荷物を預けたい旅行客のニーズにマッチし、人気になったという。一方、大手喫茶店チェーンはこの事業に追随できなかった。置場シェアでは喫茶ビジネスを超える収益は期待できなかったからだ。
シェアリングは「自社に良いもの」として使おう
シェアリングとは、一般にモノや空間など共有することを指す。その出し手と買い手(使い手)を結び付けることを「マッチング」と呼ぶ。この荷物置き場シェアリングの本質は荷物を置く空間の出し手と買い手を結び付けるマッチングビジネスという点にある。
シェアリングの概念は古くからあり、珍しいものではない。例えば、同じ町内などで住民が所有する、たまにしか使わないモノを近所の人に貸して賃料を得るケースなどが該当するが、同じ町内という規模では多くの賃料は取れず、PRも煩雑なので大きなビジネスにはならない上、人手による作業が多く、効率が悪い。
データやデジタルがない時代、シェアリングは大きなビジネスにならず、既存のビジネスを壊すことはなかった。地域のマイナーな相互扶助の一環だったのだ。しかし、データとデジタルの活用で規模が拡大できるようになると既存ビジネスを壊せる存在になった。これでシェアリングビジネスが勃興した。
そうして生まれた「Uberはタクシー業界や自動車メーカーのビジネスと、Airbnbはホテルなど宿泊業界と競合した」というのが、シェアリングを厄介者とする人たちからの見方である。筆者はこうしたことを、シェアリングは立場の違いによって「良いもの」にも、「厄介なもの」にもなると主張しているのである。
ある立場の人から見れば「厄介もの」であるシェアリングだが、別の立場の人たち、特に消費者からみれば欲しいモノを安価に必要な時だけ使えるというメリットがあり、利用者訴求力が高い「ビジネスの仕掛け」であることは間違いない。
荷物置場の事例はシェアリングを「良いもの」として捉えるケースであり、良いと感じる立場の人は老夫婦や置場シェアリングを利用するお客である。利用客には重い荷物を置けるというベネフィットがあり、老夫婦には競合である大手喫茶店チェーンの対抗手段となっていることに注目してほしい。
つまり、シェアリングはお客の満足度を高めることで自社の商品やサービス価値を向上させ、競合から顧客を守ったり、新規顧客を増加させる手段として使える可能性を持つということだ。これに気付くか気付かないかが経営戦略の立て方に大きく影響する。
このため、筆者は誰でもシェアリングを活用できる力が必要と考えている。「厄介もの」と考えるのではなく「良いもの」にすること。それぞれの企業の経営戦略の手段としてシェアリングを上手に使うことが重要なのである。