大変革期にある自動車業界にあって、軽自動車市場でナンバーワンのシェアを誇るダイハツ工業株式会社(以下、ダイハツ)では、社員が始めた草の根的なAI推進活動が全社レベルに拡大。実際の製造現場へも活用され、数々の課題解決に直結する事例を輩出している。どんなアプローチでAI活用を実践していったのか。そこには、同社の技術向上に向けた取り組みや発表の場などが複合的に交わっていた。ダイハツAIムーブメントのキーパーソンの1人 、同社東京LABOデータサイエンスグループグループリーダー 太古無限氏に、AIの民主化を目指して突き進んだ軌跡を聞いた。

危機感から学び始めたAI

 現在はAI推進を行うグループリーダーを務める太古氏だが、2007年に新卒で入社後、エンジン制御の開発エンジニアとして従事してきた。向上心は人一倍あり、2017年には自らの意思でMBAを取得している。

「AIの勉強を始めたのも2017年のことです。世の中はAIブームで盛り上がっているのに、当社では取り入れる動きはなく、漠然と”まずい”と危機感を持ったのがきっかけです」と太古氏は振り返る。

 危機感を感じる一方で、「データ×AI×アイデア(妄想)があれば、ダイハツらしい良品廉価なクルマを作り、働くみんなが楽しく取り組みを継続できるはず。今、始めれば時代の波に乗れるはずだ」という前向きな思いも同時に生まれた。この時、太古氏は密かに「ダイハツにAI ブームを起こす!」と、決意したのだ。

 その後、独学でAIを学び、同じ志をもつ部内の仲間3人で「機械学習ワーキンググループ」を立ち上げ、密かに非公式プロジェクトを開始した。まずは、同部内への機械学習の研修をスタートし、データの可視化や分析、適合までを機械に実行させ、削減した工数を新たな技術開発へシフトさせていった。そんな活動が拡大するきっかけの一つに、2019年に同社の「ダイハツ 技術研究会」、通称「技研」の幹事を太古氏が引き受けたことが挙げられる。

ダイハツ技術研究会の様子。教育版レゴ マインドストーム EV3を使用し、自律走行するプログラムを作成。各グループが思考錯誤しながら決まったコース走行させ、精度や速さを競い合う。

 技研とは1949年に発足した歴史のある研究会で、新しい知識の吸収と技術の向上を目的とした活動を行っている。現在の会員数は約2700人に及び、全国のダイハツ社員が業務外で自主活動を行っている。自主活動の団体だけに、研究テーマも自由だ。クラシックカーのレストアやレース参加など、自動車メーカーのエンジニアが好みそうな多様な活動が行われている。そんな研究会の幹事を引き受けた太古氏は、「機械学習研究会」というAI活用のためのプロジェクトを立ち上げた。「何をやってもよい」という環境で、AIを広めたい一心で必要性を訴え掛け、この呼び掛けに約100人の会員が集まった。

 太古氏は「こだわったのは、業務内でのAI活用を目指すこと。当社は常に良品廉価なクルマ作りを掲げてきました。そのためにみんなでワイワイ楽しくAI活用に取り組めたらいいと考えていました」と当時の思いを語る。原動力となったのは「良いクルマを作りたい」「効率的な働き方をしたい」という純粋な思いだ。それに賛同する社員が徐々に手を挙げ、密かなAIブームが起きていった。

 しかし、この段階ではあくまで「非公式」の状態だ。「何の実績もないAIを理解してもらうのは難しい。厳しい声を受けたこともありました」と太古氏は当初を振り返る。この挑戦を頓挫させないためには、業務に役立つ実績を作ることが急務だった。幸い、同社には「品質マネジメントの発表大会」など、実績を発表する機会や、自ら発表会を催すことができる文化があった。業務の中で活用できるAI利用の事例を作るために、太古氏を含むエンジニア陣と、課題解決に前向きな製造現場との二人三脚の取り組みを開始したことが、成功事例を積み上げる結果へとつながっていった。