共通データベースの整備

「デジタルIDカードを持っていれば、もはや紙の書類を提出しなくても済む」という状況を作り出す上で鍵になるのは、共通データベースの整備です。

 例えば、前述の例で、パスポート申請の際に紙の書類の提出を不要にするには、共通データベースに戸籍謄本や住民票など必要なデータが格納され、IDカードの提出により、提出者のデータベースへのアクセスが許可される形にすれば良いわけです。また、共通データベースが確立されれば、引っ越しの際に転出届と転入届を両方出す必要などもなくなるでしょうし、複数の病院を転々とする人々の医療や処方の記録を時系列的につなぐことも可能となります。

 もちろん、共通データベースを確立していく場合、法制度の整備などを通じて、データやプライバシーの保護を万全なものとしていく必要があります。この面でもやはり、技術以外の部分がきわめて重要となります。

実現したい目的の明確化

 前述のように、「デジタル化」や「DX」といった言葉は多義的に用いられがちですが、「デジタル化すれば良い」というものではありません。これが効率性の向上やコストの削減につながり、経済厚生を高めるものでなければなりません。

 エストニアでは、行政のデジタル化について、「人々が行政手続に費やす時間をなるべく短くし、より有意義な活動に充てられる時間を増やす」という目的が明確に掲げられています。この観点から、デジタル化の成果がレビューされ、「行政のデジタル化により、平均的な人々で年5日程度の時間の節約につながっている」と評価されています。

©️E-Estonia

 デジタル化の成否を左右する要因は数多くあるでしょうが、上述の

「技術以外の要因の整備」、

「複線対応を濫発しないデジタル化への包摂」、

「デジタル化のメリット創出」、

「共通データベースの整備」、

「目的の明確化」

などは、歴史や文化とは異なり、政策努力で操作可能な部分です。

 せっかくデジタル庁を作ったのですから、これが「新たなハコ物公共事業の発注体」になってしまっては意味がありません。デジタル化を社会に役立てる方向での政策企画能力、そして、これに基づく政策提言を活かせる体制作りが、日本のデジタル化の鍵を握るように思います。

◎山岡 浩巳(やまおか・ひろみ)
フューチャー株式会社取締役/フューチャー経済・金融研究所長
1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。

◎本稿は、「ヒューモニー」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。