むしろ問題なのは、企業や政府などの発注者側にITの専門家が少なく、ITに対する問題意識も十分でなく、受注側に「丸投げ」をしがちであった点にあります。この結果、日本のIT関連支出の多くが既存のインフラの維持管理に割かれてしまっています。それは、例えば、60年以上前に作られたCOBOL(もちろん、当時としては画期的なプログラミング言語です)の技術者が日本に特に多いことに象徴的に見てとれます。

IT/情報システム投資の重要性
日本企業はITに対する経営者の認識が低い
IT支出の内訳(2013年)
IT支出の内訳(質)では、システム運用費の比率が高く、戦略投資が不十分
(出所:ともに日本の「稼ぐ力」創出研究会(2014年10月)経済産業省経済産業政策局説明資料)

 このように、とりわけ日本の場合、IT化・デジタル化の課題は、お金を「いくら使うか」よりも、むしろ「どのように使うか」であるといえます。

経済を真に発展させるのはイノベーション

 以上を踏まえても、「デジタル化・DXが重要」という議論が「とにかくデジタルにお金を使えばよい」という議論になってしまっては生産的とはいえません。それは企業においても財政においても同様です。

 もちろん、デジタル先進国が財政面でも優等生であるために、今回のコロナ禍のような状況でも財政出動を控えるべきとはなりません。実際、2020年以来のコロナ禍の中では、前述のデジタル先進国も、相当規模の財政出動を行っています。

 同時に、これらの国々はこれまでも大規模な財政出動の後に問題となるソブリン危機(国家の債務危機)や資本流出などの問題をほぼ回避し得てきました。例えば、「リーマン・ショック」に端を発する金融危機から数年後、欧州でソブリン危機にさらされたのは、“PIIGS”と呼ばれた南欧などの国々であり、いわゆる「デジタル先進国」が巻き込まれることはありませんでした。

 ソブリン(政府・政府機関が発行する債券)の信認低下や資本流出、インフレなどのリスクを考えれば、未来永劫財政出動を続けるわけにはいきません。一方で、財政支出は、出動した時には政府支出の増加としてGDPを押し上げますが、これを平常化する際にはGDPの伸び率については反動減が避けられません。このことを考えても、中長期的に成長率を高めるのは、デジタル投資の「質」であり、これがどの程度行政やビジネス環境の効率性を高め、民間のイノベーションに結び付いたかという視点から評価されるべきでしょう。

◎山岡 浩巳(やまおか・ひろみ)
フューチャー株式会社取締役/フューチャー経済・金融研究所長
1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。

◎本稿は、「ヒューモニー」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。