デジタル技術と創造
デジタル技術はもともと、描画や作曲などの創造に貢献してきました。デジタル技術の活用には、失敗しても描き直しが容易であるとか、背景の定型的な模様などがワンタッチで埋め込める、曲を書く時に実際に音を出しながら確認できるなどのメリットがあります。これらは、クリエイターを目指す人々へのハードルを低くしてくれます。
加えてデジタル技術は、創造のインセンティブにも寄与します。
絵画や漫画、楽曲などは、多くの人の目に触れたり、聴かれることで、その価値はより大きくなります。だからこそ、絵画は公共の美術館に置かれて鑑賞されていますし、楽曲はコンサートで演奏され、CDなどでも販売されています。この点、デジタル化されたコンテンツが多くの場合、オリジナルの質を損なわずに複製可能であることは、創造物の共有を便利にする面があります。
しかし、だからといって「海賊版」のように、創造物がタダで大量に複製されてしまうと、創造から経済的利益を得ることが難しくなり、創造行為を、経済合理性を度外視したクリエイターの情熱だけに依存せざるを得なくなってしまいます。この点、デジタル技術を活用することで、複製をコントロールしながら、デジタル創造物を人々の間で共有する一方で、クリエイターに一定のリターンを還元することが概念的には可能になります。
これからの課題
しかし、このような非代替性トークンの活用が、創造のサポートとその共有の推進に真につながっていくかどうかは、今後、この取引や市場が健全な形で拡大していくかどうかにかかっています。
現在のところ、NFTの取引で注目を集めているのは、もともと高名なクリエイターの作品が高額で取引されるケースです。このマーケットが投機の色彩を帯びてしまうと、「ブロックチェーン」などの新しい技術用語まで、投機を煽る材料に使われてしまうリスクがあります。これは、2008年のリーマンショックに端を発する金融危機の前、「ストラクチャード」などの技術用語が複雑な金融商品への投機を招いていたのと同様のリスクといえます。
かつて、漫画のクリエイターを目指す人々は、紙の原稿を出版社に持ち込んだり、漫画の賞に応募したり、自作の同人誌をコミケに並べていました。しかし、今や技術進歩により、誰でもデジタル媒体を通じて、自らの創造物を自分で世界中に発信していくことが可能となっています。そして、このような新しい創造の芽を育てる方向にブロックチェーンなどの新技術が貢献できるかどうかが、NFT市場の発展を左右していくことになるでしょう。
◎山岡 浩巳(やまおか・ひろみ)
フューチャー株式会社取締役/フューチャー経済・金融研究所長
1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。
◎本稿は、「ヒューモニー」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。