「何を実現したいのか」が欠ける日本のIT投資
ここで、エストニアの教訓を振り返ってみましょう。
- デジタル化を進める上で重要なのは、おカネや技術よりもむしろ、「デジタル化で何を実現するのか」について明確な目標を持つとともに、行政の仕組みやマニュアル事務の見直しを並行して進めることである。
- ITインフラ整備には、共通言語の採用やオープン化など、一貫した整合的な方針と戦略が求められる。
- ITインフラ整備は、多数の知恵を集め、不断の改良を重ねていくべきものである。
「IT」「デジタル化」は、世界中で数十年前から叫ばれているキャッチフレーズです。しかし、「それで何を実現したいのか」という具体的な目標が明確でないまま、ブームに乗ってIT化やデジタル化の旗を振っても、うまくいく可能性は低いでしょう。特に日本の場合、マニュアルの事務水準が高いがゆえに、「部分的にデジタル化もするが紙や手作業も残す」「いざという時には人海戦術に頼る」という発想に流れがちであることが、デジタル化の成果を制約する方向に働きやすいように感じます。
また、日本は確かに優れた技術を生んできましたし、さまざまな開発言語の専門家もいます。しかし、だからといって、各自治体や行政がまちまちに、「それぞれの専門家に頑張ってもらおう」と開発を丸投げしてしまい、結果的に、このシステムの開発言語はJava、別のシステムはCOBOL、、、とバラバラになってしまうと、後になってこれらを統合することは容易ではありません。極端な話、「全部壊して作り直した方が安いだろう」と思えるケースも多いのです。
さらに、「過去の判断は正しかった」という「無謬性」にこだわる組織文化が、インフラ改良の障害となるケースもあるように感じます。世の中が常に変化し、技術も進歩する中、あるインフラが時間を超えてベストであり続けられる訳がなく、常に「ベターなインフラ」を目指して改良を続ける柔軟な姿勢が大事になります。しかし、過去の判断の「無謬性」にこだわってしまうと、既存のインフラを「壊して刷新する」ことが難しくなり、結果としてインフラが硬直化するケースも多いように思います。
実際、各種の調査からは、日本は相当な額をIT投資につぎ込んでいるけれども、その多くが既存のインフラの維持管理に充てられ、弾力的なインフラの改良などに向けられるものは少ないとの結果が得られています。
もちろん、例えば地方創生などでは、より地方の自主的な意思決定を尊重し、地方に創意工夫を発揮してもらうことが良い結果に結び付くことも多いでしょう。しかし、ITインフラの構築やデジタル化においては、「何を実現したいのか」という明確な目標を定めた上で、開発言語やAPIのオープン化などの基本戦略を共有し、整合性をとった形で進めていくことが大事だと思います。あわせて、「クラウド」や“as a Service”といった、環境変化への迅速な対応をサポートする新たなツールの活用にも、積極的に取り組んでいくべきでしょう。
◎山岡 浩巳(やまおか・ひろみ)
フューチャー株式会社取締役/フューチャー経済・金融研究所長
1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。
◎本稿は、「ヒューモニー」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。