エストニアの首都タリン(Pixabay)
連載「ポストコロナのIT・未来予想図」の第1回。「マイナンバーカードが給付金の受領に使えない」──コロナが明らかにした日本のデジタル化の課題とは? 金融などのイノベーションに深く関わってきた山岡浩巳氏(フューチャー取締役、フューチャー経済・金融研究所長)が斬る。
新型コロナウイルスの感染拡大の下で、広範な社会活動や経済活動が変化を余儀なくされる中、日本ではデジタル化の遅れという問題が一段と明らかになっています。そこで、自らの体験も踏まえ、デジタル化を巡る課題について、「マイナンバーカード」などの身近なトピックから考えていきたいと思います。
経済活動は人と人とのつながりから生まれるものですので、疫病対策と経済対策は本質的なトレードオフを抱えています。人々の接触を完全に断てば、感染は抑えられますが経済活動も成り立たなくなります。一方で、現在の状況のもとで人々の接触を放置すれば、目先の経済は維持できても感染リスクは膨らみます。
不幸中の幸いと言うべきか、今日の世界には、ペストやスペイン風邪の時代には想像もつかなかったデジタル技術があります。このような新しいテクノロジーを活用し、感染症のリスクを制御しながら、同時に社会活動や文化、そして経済を維持していくことが求められています。
もっとも、デジタル化は口で唱えるほど簡単ではありません。とりわけ日本では、紙やハンコ事務の解消すら十分には進んでおらず、ハンコを押すために出勤を余儀なくされる人々もなおいらっしゃいます。特に今回のコロナ禍の中では、せっかくマイナンバーカードが導入されていたのに、これが給付金の配布に役立たなかったことが大きな批判を呼びました。私も何人かの方から、「こんな状況なら日本も中央銀行デジタル通貨を出すべきですよ。そうすれば給付金くらいさっさと配れるんじゃないですか」と言われました。
また今回、マイナンバーが給付に使えないとなると、市役所の方々などが労働集約的な作業を行い、数カ月かかったものの何とか給付金の配布が“できてしまいました”(海外では、「機械が動かない時に人手で事務をこなすなんて無理無理」という国がほとんどでしょう)。このようなマニュアル事務の水準の高さは日本の特質ではあるのですが、「いざとなれば人海戦術で何とかする」という手作業への依存が、抜本的な対応を遅らせてきた面は否めません。
7月に決定された政府の「骨太の方針」では、「今般の感染症対応策の実施を通じて、受給申請手続・支給作業の一部で遅れや混乱が生じるなど、特に行政分野でのデジタル化・オンライン化の遅れが明らかになった」と明記されています。行政のデジタル化の遅れを政府が公式文書で認めなければならないほど、コロナ禍はこの問題を浮き彫りにしました。
そこでまず、マイナンバーカードについて、この分野での海外の先進的取り組みとの比較も交えながら考えてみたいと思います。
住所が書かれていないエストニアの電子IDカード
昨年(2019年)の秋、私は金融関係者で組織された調査団の一員として、最先端の電子国家として知られるエストニア共和国を訪問しました。
エストニアの旧市街(筆者撮影)
「電子国家」として有名な国ですので、さぞかし未来都市のような外観かと思いきや、首都タリンは中心部が世界遺産にも認定されている、中世風の街並みが美しい古都でした。日本で言えば「京都」や「奈良」のような感じでしょうか。考えてみれば、デジタル技術の根幹は目に見えないので、ハコ物を敢えて未来風にする必要はないわけです。
タリン市内の「カトリーヌの小径」(筆者撮影)
エストニアの当局者は、「デジタル化を実現する上で最も重要なのは、お金でも技術でもない」と強調していました。それでは、何が重要なのでしょうか?
電子国家エストニアの中核となっているインフラが、原則として国民全員が持つ「電子IDカード」(eID Card, Eesti ID-kaart)です。このカードは一見、日本のマイナンバーカードと似ているように思えます。しかし、実際には両者の間には多くの違いがあることに驚かされます。
まず、カードの外観(いずれも見本)を比べてみましょう(下の写真)。
日本のマイナンバーカード(左)とエストニアの電子IDカード拡大画像表示
一見してすぐわかることは、エストニアの電子IDカードには住所が書かれていないということです。
エストニア当局は、「カードを落としてしまうリスクを考えれば、見られて困るような情報は、そもそもカードの表面には書かない」という考え方を強調していました。例えば、有名芸能人がカードを落としてしまい、そこに住所が書いてあれば、多くの人々が押しかけるかもしれません。「住所のような個人情報は共通データベースに保管すればよいのであって、わざわざカードの表面に書く必要はない」と考えられていました。逆に、個人番号については、「見られたら困る情報」とは捉えられていませんでした。
これに対し、日本のマイナンバーカードでは、住所がカードの表面に書かれています。一方で、住所ではなく個人番号(マイナンバー)を隠すための目隠し付きのケースが配布され、カードは常にこのケースに入れるよう求められています。
エストニアの考え方からすれば、「カードそのものを落としてしまえば、拾った人がカードをケースから出して情報を読むのは簡単ではないか。見られて本当に困る情報なら、そもそもカードの表面に書くべきではない」ということになるでしょう。
電子IDカードを「万能生活カード」に
また、カードをケースに入れてしまうと、もう財布には入らないため、マイナンバーカードを家に置きっ放しにしている日本人は多いのではないでしょうか。じつは私もそのひとりです。
エストニアの電子IDカードの基本的な考え方は、(後述するように)「パスポートや免許証、健康保険証、学生証、銀行カードなどの機能を全てこの電子IDカードに集約することで、出かける時にはこのカードだけを持ち歩けば良いようにする」というものです。このように、電子IDカードを「万能生活カード」にするという発想が、エストニアの制度の根本にあります。
日本人は、国際的にみても、きわめて多くのカードを持ち歩いている国民です。海外ではクレジットカードの発行審査はかなり厳しいですが、日本でクレジットカードを入手することは比較的容易であり、一人で複数のクレジットカードをお持ちの方々も多いでしょう。また、銀行などの預金口座数が人口の約9倍と非常に多く、キャッシュカードも数多く発行されています。さらに、都市部では鉄道で通勤や通学をする人々が多く、SuicaやICOCA、PASMOなどの電子マネーも普及しています。加えて、免許証や健康保険証、学生証、さまざまな会員証やポイントカードなどもあります。多くのカードと現金でパンパンに膨れ上がった財布を持ち運んでいるのが、日本人の特徴です。
ただでさえ財布の中はカードだらけなのに、専用のケースに入れなければならないマイナンバーカードを日々持ち歩くことは、普通の日本人には難しいでしょう。もちろん、これが免許証や学生証代わりに使えるなら話は別ですが、行政手続の時しか使わないマイナンバーカードのために、財布やポケットの中の限られたスペースを割くメリットを感じにくいからです。
一方、エストニアの電子IDカードは、「財布の中にあるカードをすべて置き換える」という発想で作られています。この点が、そもそも皆が持ち運ぶことを前提に作られていない日本のマイナンバーカードと、エストニアの電子IDカードの最大の違いです。
エストニアの電子国家としての成功の背景は、単に「IT化・デジタル化」を見栄えの良い標語にするのではなく、「IT化・デジタル化で何を実現したいのか」という目的をまず明確に定め、その実現のためにインフラや制度を設計していった点にあります。
もちろん、このようなことが可能となった背景には、歴史や文化、個人情報などを巡る考え方など、さまざまな要因があります。次回は、これらの問題に焦点を当てたいと思います。
◎山岡 浩巳(やまおか・ひろみ)
フューチャー株式会社取締役/フューチャー経済・金融研究所長
1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。
◎本稿は、「ヒューモニー」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。






