全てを兼ねるエストニアの電子IDカード

 連載「ポストコロナのIT・未来予想図」の第2回。小国エストニアがDX先進国となった鍵は、IT化の目的を明確にし、行政や実務まで見直し、共通データベースを構築した点にあった。エストニアを実地調査した山岡浩巳氏が解説する。

 前回、エストニアの電子IDカードが、「財布の中にあるカードを全てこれ1枚に集約する」という発想で作られていることを紹介しました。

 エストニア当局によれば、このような仕組みを実現する上で成功の鍵となったのは、「開発ポリシーをオープンにするという一貫した方針の下、さまざまな主体が連携してインフラの改良を続けていけるようにしたこと」と、「電子IDカードの保有を義務化したこと」でした。

 日本ではマイナンバーカードの取得は任意、普及率は本年春時点でなお1割台と、エストニアとは対照的です。「貴国はなぜカード取得の義務化に踏み切ったのか?」という当方の質問に対し、エストニア当局者の答えはシンプルでした。

「私たちにはお金がなかったから」

 エストニアは1991年までソ連の支配下にあった小国です。人口は約130万人と、奈良県や山口県と同程度、人口密度はわずか28人/km2(日本は335人/km2)、氷河が削ってできた湖沼地帯に人々がまばらに住んでいる国です。ソ連崩壊に伴って独立を果たしたとはいえ、当時の混乱の中で経済力は乏しく(1993年時点での一人当たり年間GDPはわずか1155ドル)、点在する人々のために国の隅々まで行政オフィスと人を張り付けて手作業で事務を回す余裕はありませんでした。「国民全体に行政サービスを低コストで効率的に提供するには、抜本的なデジタル化に踏み切るしかなかった」のです。

住民の99%が電子IDカードを保有(出所)e-Estonia

 実際、「エストニアよりも経済的に余裕のあった国々(例:フィンランド)は、類似の電子IDカードの取得を任意としたケースが多い」とのことでした。しかし、カードの取得を任意にすれば、行政事務をデジタルとマニュアルの両建てで維持する必要があり、大変なコストがかかりますし、デジタル化のメリットも減ってしまいます。また国民も、「手作業でも受け付けてもらえる」と考えれば、電子IDカードを取得したがらなくなり、デジタル化はさらに遅れてしまいます。

 もちろん、電子IDカードの取得を義務化する場合、パソコンやスマホを使ったことがないお年寄りなどへの対応が課題となります。しかしエストニア当局は、そのためにマニュアル対応を残すのではなく、「国の経済力などについての理解を得ながら、お年寄りなどもデジタル媒体を使えるようサポートする」という方針で臨みました。