空にドローン、サイバーにブロックチェーン。新システムの真価とは
実証実験のキーテクノロジーであるブロックチェーンは、仮想通貨をはじめとする金融分野で認知度が高まってきたが、信頼性の高い情報共有システムを低コストで構築できるのも特徴の一つである。様々な分野で実証実験、サービス化が進められているが、今プロジェクトでは災害対策の基盤としての活用を目指した。慶應義塾大学で公共政策のルール形成、ドローンの社会実装などを研究する高橋伸太郎氏は、災害対策へのブロックチェーン活用の意義を力説する。
「災害が発生した時には、災害対策基本法という法律に従って政府機関や自治体が取り組むのが基本です。しかし、広域に渡る災害では都道府県、市町村といった様々な機関が連携して対処していかなければなりません。さらに、政府機関でも警察や消防、海上保安庁、自衛隊といった様々な機関が動きます。これらの多くの機関が正確に、そして速やかに情報を共有しなければ効果的な対処はできません。復旧・復興のフェーズに移ると、さらに建設会社、土木会社、保険会社などの民間企業も加わってくるでしょう。
しかし、これらの機関、企業が災害情報を一元的に共有し、連携するための基盤はいまだにありません。災害情報を共有し、多くの組織が連携していくための基盤としてブロックチェーンに大きな期待がかかるゆえんです」(慶應義塾大学 SFC研究所 ドローン社会共創コンソーシアム事務局長 政策メディア研究科特任講師 高橋伸太郎氏)
情報を収集する「目」となるドローンは、オペレーターを必要としない自動航行技術がキーになる。システムを担当したのはトラジェクトリー。長年にわたって有人機の航空管制システム開発に携わり、ドローン自動航行システムを主事業として起業した小関賢次氏が率いるスタートアップだ。
「甲賀市の防災担当者は『人が行かなくても被災情報が集められるのは大きい』と口々に感想を述べていました。甲賀市は圏域が広く、被災時の状況確認は職員が車で回って行っています。そこで問題になるのが即時対応の体制です。山間部の孤立集落に職員を派遣した場合、往復1時間はかかってしまいます。避難勧告を出すにしても、消防の緊急出動を仰ぐにしても、1時間というタイムロスは大きい。その点、災害が発生したらすぐに飛ばせるドローンは、画像・動画をタイムリーに得ながら検討、判断ができます。災害対応へのスピード感が格段に違ってくるのです。法規制や管理面など、実用化にはまだいくつかの課題がありますが、ゴールイメージを自治体の担当者に体感していただけたことには、大きな意味がありました」(トラジェクトリー 代表取締役社長 小関賢次氏)
機動力だけではない。無人航行もドローンの大きな強みだ。災害対策にドローンを活用する動きは全国の自治体で始まっているが、人員不足が深刻化する中、長期継続的にオペレーターを育成し、活用していく体制づくりは難しい。その点、無人航行システムはオペレーターを育成するコスト、時間も不要で導入がスムーズ。また、航行はシステムが制御するため、オペレーターの経験、技量に依存することもない。
「有人操縦が前提になっていたドローンと、仮想通貨の技術だと認識する方がまだまだ多いブロックチェーン。この2つのテクノロジーの常識を覆し、災害対策のシステムとして統合できたことには、大きな意義を感じています。ご存じの通り、我が国は規制が大変厳しく、前例がないとなかなか物事が進められない、という一面もあります。しかし、これを逆手に取って考えると、前例があったら進められる、とも言えないでしょうか。
今回の実証実験は総務省の予算を使い、総務省担当官の監督の下、滋賀県甲賀市に協力をいただいて実現しました。つまり、これは国レベル、市町村レベルに同時にアプローチできたことになります。この前例を基点にして全国の市町村、そして500~700程度あるとされる全国の消防本部に横展開ができれば、災害への備えを充実させることができます。現場の最前線で働く消防、警察、海上保安庁、自衛隊の方々の生命を守る可能性を高めることもできるでしょう」(高橋氏)
2019年3月に行われた実証実験だが、総務省に採択されたのは2018年11月のこと。日本IBMは実験フィールドを確保すべく甲賀市にコンタクトしつつ、慶應義塾大学・高橋氏と実証実験の要件、内容をすり合わせた。コア技術になるブロックチェーンの基盤、ドローン自動航行システムの開発もIBM、トラジェクトリーが同時並行で行った。
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全体をマネジメントしつつ、ブロックチェーンを開発したIBM、ドローンの自動航行技術に秀でたトラジェクトリー、そして防災へのマッチングを提案し、社会ソリューションとしての実装実現性を高めた慶應義塾大学。4カ月という短期間で実証実験をゴールさせたのは、3者それぞれが発揮する強みのマッチングがあってこそである。
では、「共創」の妙味をいかんなく発揮したこの陣容はどのようにして生まれたのだろうか。時計の針を2018年3月に戻し、IBMとスタートアップの連携が始まった経緯にフォーカスしてみよう。