織田信長は常に権威に対し攻撃的だったと思われている。他の戦国武将に闘いを挑むばかりでなく、当時各種の商売の認可権を握って利権をほしいままにしていた神社や寺の権益を奪うために「楽市・楽座」を実施した。
しかし何と言ってもすさまじいのは比叡山焼き討ちであろう。仏罰を恐れず、上人、僧侶、学僧はもとより、女、子供に至るまでことごとく首をはね、比叡山には数千の死体が転がったという。
いずれにせよ、積極攻勢が目立ち、引くことを知らないように見える。しかし信長は「形勢利あらず」と見れば、逃げることも知っていた。
敦賀の朝倉攻めの時、織田と同盟関係にあったはずの北近江の浅井長政が織田軍の背後から立ち上がって、挟み撃ち、いわば「袋の鼠」という状況になった。すると信長はするりと戦線を離脱し、京都に逃げ帰ってしまった。
部下を放置して指揮官が逃げだしたわけだから、「卑怯者」という汚名を免れない。しかし周辺からの囂々たる非難に耐えながら辛抱強く工作して、浅井家から同盟者を離反させ、有名な姉川の合戦で浅井・朝倉軍に勝利し、天下布武の大きな一歩となった。引け際がいかに大切かということだ。
自衛隊で電子技術を学ぶ
〒433-8108
静岡県浜松市北区根洗町26番地
静岡県浜松市のプラス電機は、産業用ロボット、マイコン応用装置の設計、製作を行っているメーカーだ。ユーザーの要請で独創的なロボットを次々に開発。特殊ロボットメーカーとして高い評価と信頼を得ている。
社長は上滝憲夫さん。生まれは長崎県。隠れキリシタンの末裔に生まれた。だからフィリッポという洗礼名を持っている。
子供の頃からラジオ少年で、ラジオや電気製品の修理は何でもできた。近所の人々からは天才少年だと思われていたらしい。高校卒業後、しばらく離島医療に携わったが、その中で医療の世界、特に介護の分野に電子技術が全く生かされていないことに問題意識を持った。
何とか電子技術・ロボット技術を介護に生かして、介護者と病人に喜んでもらいたいと思っていたところ、目に飛び込んできたのが「自衛隊技術員募集」の広告だった。
「自衛隊の航空電子科に進めば給料がもらえて、しかも電子技術が身につく。親に負担をかけずに勉強ができる」。こうして、上滝さんは入隊。3年間自衛隊員として勤務し、航空電子技術をマスターした。勤務地は浜松だった。
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