次期総選挙ではCDU・CSUが政権に?

 一方、連邦憲法裁の判決は、野党CDU・CSUにとって追い風となった。同党の連邦議会議員団は、22年1月にショルツ政権が提出したWSFのKTFへの流用を含む補正予算案について、「憲法違反だ」と反対したが、議席の過半数を占めていた連立与党の議員たちに押し切られた。このためCDU・CSU議員団は、連邦憲法裁に違憲訴訟を提起し、勝訴した。同党は、ショルツ政権に痛烈な打撃を与えたのである。

 CDUのフリードリヒ・メルツ党首は、違憲判決後最初の連邦議会の本会議で、与党席のショルツ首相に面と向かって「あなたは首相を務める器ではない。首相の職務は、あなたには荷が重すぎる」と述べ、予算危機を引き起こした責任を追及した。

 姉妹政党CSUのマルクス・ゼーダー党首は、「連立与党は、国民の信頼を失った。25年に予定されている連邦議会選挙を前倒しして、来年実施するべきだ」と主張している。CDU・CSUはショルツ政権が実施しつつあるエネルギー転換についても、「市民に頭ごなしに命令するのではなく、市民の理解を得ながら行うべきだ。違憲判決は、緑の党のエネルギー政策の破綻を意味する」と発言した。CDU・CSUは、ショルツ政権が今年4月15日に最後の3基の原子炉を停止したことも、「誤りだった」と批判しており、小型原子炉などを使った原子力エネルギーへの回帰を目指している。

 またCDU・CSUは難民政策もこれまで以上に厳しくする予定だ。同党は、EU(欧州連合)への亡命を希望する外国人について、まずEU域外の第三国の審査センターで亡命資格があるかどうかをチェックし、資格がない外国人はEUに入域させずに出身国へ追い返すことを提案している。たとえばアフリカや中東から地中海を船で渡ってイタリアに到着し、ドイツに来て亡命を希望する外国人も、まずEU域外の第三国の審査センターに移送・収容される。審査センターの候補地としては、アフリカのガーナなどが挙がっている。その理由は、ドイツに亡命する資格がないのに、病気や家族の事情などを理由に国外退去を免れ、この国に居残っている外国人の数が約21万人にのぼるからだ。

 ドイツでは今年に入ってから、暖房の脱炭素化に関する法律など、緑の党の環境保護最優先路線に対する市民の批判が強まっていた。難民に寛容な緑の党の姿勢も、CDU・CSUとは際立った対照を見せていた。

 その流れが連立与党への支持率を引き下げ、CDU・CSUとAfDへの支持率を押し上げていた。今回の違憲判決は、連立与党の次の総選挙での敗北、CDU・CSUの勝利の可能性を大幅に強めたと言うことができる。リベラル勢力にとっては冬の時代が訪れた。

 ただしCDU・CSUの支持率は30%台であり、単独過半数には程遠い。つまり他の政党との連立が必要になる。CDU・CSUは、「政策の違いが大きすぎるので、緑の党とは連立しない」と宣言している。CDU・CSUがAfDと連立すれば過半数には達するが、政治的にはリスクが高い。メルツ党首は原則としてAfDとの連立・協力を禁じている。AfDには、ネオナチまがいの発言を憚らない政治家が少なくない。AfDのテューリンゲン州支部・ザクセン州支部・ザクセン=アンハルト州支部は憲法擁護庁から「極右団体」と指定されている。このような党と連立した場合、CDU・CSUにイスラエルやユダヤ人団体から厳しい批判が集中する可能性が高い。AfDはユーロ圏からの脱退を要求しているが、ユーロ圏脱退は為替リスクの復活によって、ドイツ経済に何兆円相当もの損害をもたらすと予想されているため、CDU・CSUには受け入れがたい。したがって、CDU・CSUがAfDと連立する可能性は低い。

 最後に残る可能性は、CDU・CSUとSPD、FDPによる連立政権だ。CDU・CSUとFDPの間では、政策の相違点も比較的少ない。この二党だけでは過半数に達しないが、SPDを加えれば50%を超える。最も現実性が高いのはこの組み合わせだろう。

 来年は台湾の総統選挙、米国の大統領選挙、欧州議会選挙と重要な選挙が目白押しだが、今後の予算危機の展開によっては、ドイツで連邦議会選挙が行われる可能性もある。

熊谷徹
(くまがいとおる) 1959(昭和34)年東京都生まれ。ドイツ在住。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン特派員を経て1990年、フリーに。以来ドイツから欧州の政治、経済、安全保障問題を中心に取材を行う。『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』(新潮新書)、『ドイツ人はなぜ年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春出版社)など著書多数。近著に『欧州分裂クライシス ポピュリズム革命はどこへ向かうか 』(NHK出版新書)、『パンデミックが露わにした「国のかたち」 欧州コロナ150日間の攻防』 (NHK出版新書)、『ドイツ人はなぜ、毎日出社しなくても世界一成果を出せるのか 』(SB新書)がある。

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