財務大臣にとって最大の打撃

 この判決によって最も深い傷を負ったのは、自由民主党(FDP)の党首、クリスティアン・リントナー財務大臣である。予算の一部が裁判所によって無効と判定されたのは、ドイツの歴史でも例がない。リントナー大臣は判決が言い渡された日、KTFだけではなく正規の連邦予算からの支払いをも停止させた。また11月24日、連邦財務省でコロナ対策用の国債発行権をKTFに流用する政策の責任者だったヴェルナー・ガッツァー財務次官を、12月31日付で休職処分(事実上の解雇)にした。

 23会計年度中に、予算の穴埋めのために増税したり歳出をカットしたりすることは不可能だった。そこでリントナー大臣は、11月23日に23会計年度について補正予算を組み、20~22年と同じく緊急事態と見なして、事後的に債務ブレーキを解除することを提案した。

 リントナー大臣にとって、この決定は「敗北」を意味した。彼が率いるFDPの支持基盤は企業経営者であり、同党は政府が過度な借金を行わないように債務ブレーキを堅持することを党是にしているからだ。大臣自身もこれまで繰り返し、「債務ブレーキをゆるがせにしてはならない」と発言してきた。彼は、コロナ禍とロシア・ウクライナ戦争が起きた20~22年は、例外中の例外だと考えた。

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 リントナー大臣の苦悩は、11月23日に行った数分間の短い記者会見に表われていた。彼はこの際に「23会計年度について補正予算を組む」と言ったものの、「23年についても債務ブレーキを解除する」とは言わなかった。債務ブレーキという言葉は、財務省が数時間後に発表した広報文の中で初めて使った。彼は、20~22年に続いて23年も債務ブレーキの解除に追い込まれたことを屈辱と感じ、記者会見の中でこの言葉を使うのを避けたのだろう。違憲判決が出て予算の穴埋めができなくなった末に、苦し紛れに23会計年度を再び緊急事態と見なすという決定については、会計検査院が「法律的に問題がある」と批判している。

EV購入補助金も前倒しで廃止へ

 24会計年度の予算については、違憲判決の結果170億ユーロ(2兆7200億円)が不足した。社会民主党(SPD)と緑の党からは、「エネルギー転換を予定通り進めるために、24年についても債務ブレーキを解除するべきだ」という意見が出た。緑の党のロベルト・ハーベック経済気候保護大臣は、「2019年までの10年間のように、ドイツが安い天然ガスや原油を輸入でき、景気が好調だった時代には、債務ブレーキは有効に機能した。しかし45年までにカーボンニュートラルを達成するという大事業のために、政府による大規模な投資が必要な時には、債務ブレーキは足かせになる。したがって、債務ブレーキを廃止するか、未来のための重要な政府の財政出動については、債務ブレーキの解除が許されるべきだ」と主張した。

 これに対し、リントナー財務大臣は債務ブレーキの解除や廃止に頑として反対。彼は逆に、長期失業者への生活保護(市民援助金)を来年1月1日から12%引き上げるという計画の中止など、社会保障支出のカットを要求した。これには緑の党とSPDが反対した。FDPは企業経営者たちの意向を汲んで増税に反対しており、富裕層などへの特別課税も難しい。

 ショルツ首相、リントナー財務大臣、ハーベック経済気候保護大臣は連日の協議の結果、12月13日の記者会見で「24年には債務ブレーキを解除せず、歳出削減によって対応する。使える金が少なくなったのだから、歳出を一部減らすのは止むを得ない」と発表した。首相は、24年については原則として債務ブレーキを適用すると発表し、リントナー財務大臣の面目がつぶれるのを避けた(ただし21年の洪水被災者の援助基金については債務ブレーキを除外する他、将来ロシア・ウクライナ戦争がエスカレートした場合には、債務ブレーキの解除があり得る)。

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