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ホワイトハウスでのレセプションにて、レーガン元大統領と故・岡本行夫氏(写真・岡本アソシエイツ提供)

(文:岡本行夫)

ウクライナ侵攻後、ロシアのプーチン大統領は核兵器の使用も辞さない姿勢を明確にした。日本にも核武装が必要との声が内外の一部に上がっているが、それは現実的な議論と言えるのか。日米関係の最深部まで知る外交官、岡本行夫氏は核抑止の現場を視察してひとつの結論に至っていた。遺稿となった渾身の手記『危機の外交 岡本行夫自伝』から知られざるエピソードを紹介する。

 日本人が絶対的に忌避するのは核兵器である。広島、長崎を経験した国の当然の国民感情である。しかし日本が自国を守るためにはアメリカの核の傘が必要である。この二つの事実の絶えざる衝突が日本の防衛政策を複雑なものにしている。

 日本は「核を持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則を有している。「持たず、作らず」は問題ないが、「核の持ち込み」について、日本の野党は「米国は日本の非核三原則を無視し、核兵器を積載したまま艦船を日本に寄港させている」と攻撃するのが常であった。日本政府は「米国は日本の非核三原則をよく知っているのでそれに違反するはずがない」と答弁し、米側は「核の存在については肯定も否定もしない=Neither Confirm Nor Deny:NCND」と説明し、正面からこの問題に対応することは避けてきた。僕も国会でそう答弁してきた。

 これに対しては、60年代の早期から、エドウィン・ライシャワー駐日大使やジーン・ラロック海軍提督からは「日本は核兵器の一時寄港は認めているはずで、アメリカを嘘つきの立場に置くことは同盟を傷つける」という反論が出ていた。その後、米側主張の正しさを裏付ける文書が公開された。この核持ち込み論争は、ブッシュ大統領(父)が91年に水上艦艇への核兵器の積載を止めるまで続いた。

「神戸方式」が全国に波及する窮地に

 日米安保条約にとって大きな障害は、神戸市が、米海軍艦船が核兵器を積んでいないと宣明しない限り神戸港には入れないとしていたことだ。米海軍の艦船が自由に日本の港に出入りできることは安保条約と地位協定に明記されている。そのことによって、国家全体が守られ、その果実を神戸市も享受しているのに、自分のところには米軍がそのような要求に応じられないことを見越した上で、軍艦の入港を認めない。

 アメリカは核兵器の存在も不存在も明らかにしないというNCND政策をとっている。これは米軍にとって憲法のような掟だ。つまり、核兵器の所在を個別には明らかにしないことによって、ソ連は米海軍の600隻の艦艇すべてに核兵器が積まれているかも知れないという前提で作戦計画を立てなければならなくなる。だから米軍は、絶対に核については肯定も否定もしないのである。

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