モーニングのサンドイッチの仕込みは夜9時〜深夜1時まで続いた(写真:アフロ)

「あれ、こんなところでおじさんが働いてる……」

 近年、非正規労働の現場でしばしば「おじさん」を見かける。しかも、いわゆるホワイトカラーの会社員が、派遣やアルバイトをしているケースが目につくのだ。45歳定年制、ジョブ型雇用、そしてコロナ──。中高年男性を取り巻く雇用状況が厳しさを増す中、副業を始めるおじさんたちの、逞しくもどこか悲壮感の漂う姿をリポートする。

(若月 澪子:フリーライター)

リーマンショックで給料半減、12年間の副業物語

 地方都市の繊維会社で営業マンをしていたLさん(55)。リーマンショックで給料が半減し、家族を支えるために、昼はサラリーマン、夜は副業のダブルワーク生活を12年にわたり続けてきた。その結果、最終的には自分の会社を立ち上げ、独立するまでに至った。

 彼はどのようにして、どん底から這い上がったのか。

 Lさんが勤めていた会社は、作業服の生地の加工・販売をする従業員数300人程度の中小企業。それが2008年のリーマンショックで一気に傾いたのは、Lさんが40歳になった頃だった。経営者は、社員全員と個人面談を行い、退職者を募った。

 面談でLさんに伝えられたのは、「給料は月40万円から半額の20万円に減額。営業手当、ボーナス、退職金はなくなるが、人員が減るので仕事量は100から150に増える。それでよければ会社に残留、納得できないなら退職」というものだった。

「社員のおよそ半分にあたる、20~30代の若い独身者はほとんどが辞めていきました。残ったのは、僕のような家族持ちの中高年。40歳を過ぎると、転職も難しいうえに、多くが住宅ローンを抱えていますから」

 とはいえ、妻と子どもが3人いるLさんは、月収20万円では生活が成り立たない。

 Lさんが家計に必要な費用を改めて計算したところ、貯金をしない状態でも、月に最低30万円は必要だとわかった。2台あった車を1台に減らし、携帯電話や生命保険も最低限にしたが、大した節約にはならなかった。専業主婦だったLさんの妻も、工業系の部品のバリ取りする内職を始めたものの、それで得られる収入はわずか月8000円だった。