ベネット首相のポスターを燃やすパレスチナ人(写真:ロイター/アフロ)

 6月15日夜、イスラエル空軍はパレスチナ自治区のガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスの武装施設を空爆した。イスラエル側の発表では、6月15日にハマスが爆薬のようなものを載せた風船を飛ばし、イスラエル南部で山火事を発生させたことに対する反撃だという。6月15日は、パレスチナがイスラエルにエルサレムを奪われたとする「怒りの日」である。

 イスラエル軍は停戦直後から、ハマスによる風船爆弾攻撃を予想していたとの報道もある。すなわち、風船爆弾に対して、連立政権を発足したばかりのベネット政権が間髪入れず攻撃したという理解が可能だ。

 なぜ、ハマスは今回の風船爆弾攻撃に出たのだろうか。そこには複雑なイスラエル、ハマス双方の内部事情がある。

バイデン政権の無力を示した東エルサレム行進

 ブリンケン国務長官が、5月の停戦後にエルサレムを訪問したのは周知の事実だ。その際に、ブリンケン国務長官が当時のネタニヤフ首相、バレスチナ自治区のアッバス議長だけでなく、イスラエルの中道政党イェシュアティドのラピド党首などとも会談している。

 中道派のラピド氏は首相候補に目されていた人物で、ネタヤニフ首相よりも穏健路線を模索すると考えられていた。すなわち、ラピド氏が首相に就任すればハマスを活発化させるリスクがあったのだ。そのラピド氏と会談すれば、ハマスに誤ったメッセージを送ることになり、将来に禍根を残すとの声が中東関係の専門家から聞こえていた。

 最終的に、右派政党ヤミナのベネット党首が組閣し、イェシュアティドのラピド氏は外相に、パレスチナとの共存を考えるアラブ系政党のラアム党も内閣に加わった。パレスチナ問題を議論すると、その場で壊れそうな雰囲気を感じさせる寄せ集め内閣である。

 そこに来て、6月12日の組閣と同時に野党となった右派リクードのネタニヤフ前首相が6月15日、東エルサレムでの行進を企画していた。