世界初!研究所生まれのクロマグロが卵を産んだ

日本が成し遂げた「海のダイヤ」完全養殖(前篇)

2011.04.01(Fri) 漆原 次郎
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 かつては「下品な魚」。今は「黒いダイヤ」。食の嗜好が変化しながらも、クロマグロは常に日本人の食に寄り添ってきた。海外での消費も増え、いつでも食べられる魚とは言えない状況が近づいている。

 そんな中、2002年に世界初の「クロマグロの完全養殖」という技術が日本で達成された。近畿大学水産研究所による、苦節32年の成果だ。養殖技術は、日本人の食を救う手立てになるだろうか。

時代ごとに移り変わってきたマグロの位置づけ

 日本人とマグロの付き合いは長い。古くは青森県の三内丸山遺跡からマグロの骨や釣り針などが出土している。縄文人が海に出てマグロを釣り、生か火を通したかして食べていた。そんな食生活に思いを馳せることができる。

 726(神亀3)年、万葉歌人の山部赤人は、聖武天皇のお供で明石を旅する中、こんな風景を詠った。「・・・鮪釣ると 海人舟騒ぎ 塩焼くと 人ぞさはにある・・・」。

 海岸では、塩づくりに励む人びとがいるかたわら、「鮪」(しび)、つまりマグロを釣る人びとを乗せた船も多く行き交っていたようだ。

 日本人は、多くの種類の魚を食べ続けてきた。その中で、マグロをいつの時代も高級な魚と位置づけてきたわけではない。

 江戸時代まで、人びとはマグロを、「しび」という呼び方から「死日」を連想し、味わいも良くない下品な魚と見なしていた。当時の価値ある魚といえば、「勝つ魚」とも呼ばれたカツオだったのだ。

 ところが、江戸後期の安政年間、マグロが大漁だったことから、当時のファストフードだった寿司屋がマグロの「づけ」を登場させた。以降、庶民は、この魚の味を受け入れていったという。

 昭和初期まで、日本人はマグロの中でも赤身の部分をもっぱら食べてきた。脂の乗ったトロの部分を珍重するようになったのは戦後というから、最近のことだ。食の西洋化に伴い、脂の多さが味の良さにつながっていったのだろう。人の味覚は時代ごとに変わりゆくものだ。

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1975年生まれ。神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌や経済誌などに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。著書に『日産 驚異の会議』(東洋経済新報社)、『原発と次世代エネルギーの未来がわかる本』(洋泉社)、『模倣品対策の新時代』(発明協会)など。


科学技術の現場

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