では、北方領土問題の進展を期待する以外に、平和条約の締結を急ぐ意味はどこにあるのでしょうか。

 期待できるメリットは2つでしょう。1つは旧島民の方々の心情的な問題です。故郷に帰れない、先祖の墓参りもできない。それはあまりにもかわいそうではないか、と。ただし、墓参や自由往来は、平和条約がなくても実務的な取り決めで解決することができるのではないでしょうか。そこで経済協力などを絡めてロシア側の譲歩を引き出す交渉は大いにやる必要があります。

 もう1つは漁業権益の問題です。北方領土周辺の海域で、日本の漁船が拿捕されたり、漁民が抑留されたりする状況をできる限り無くしていかなければなりません。ただしこれも漁業交渉を通じて解決すべき問題で、平和条約がなければ漁業交渉ができないわけではないと考えます。

 であるならば、こちら側が一方的にタイムリミットを決めて、妥協を重ねてまで平和条約締結や北方領土返還交渉を急ぐ必要があるとは思えません。

影を潜めてしまった高度な戦略的判断

 冒頭でも述べましたが、私はこれまでの安倍外交を高く評価してきました。「地球儀を俯瞰する外交」を標榜する安倍外交は、世界中に戦略的な布石を打ってきました。これから展開されようとしている対イラン外交などは、米欧主導の核合意を側面から支え、対イラン制裁が厳しい時にもイランとの対話の道を閉ざすことなく粘り強く外交関係を深めてきた成果と言えましょう。また、インド太平洋構想により、インドとオーストラリアを戦略的に結び付け、地域の平和と安定のためアメリカの関与を繋ぎ止めるために果たしてきた安倍外交の役割は大きいものがあります。そのほかにも、中国の「一帯一路」に対抗して、中央アジアや南太平洋諸国へのインフラ投資を戦略的に進めてきました。

トランプ夫妻、六本木の炉端焼き店で夕食 安倍首相夫妻と

都内の炉端焼き店で夕食を共にする、ドナルド・トランプ米大統領(左から2人目)とメラニア夫人(左)、安倍晋三首相(右から2人目)と昭恵夫人(2019年5月26日撮影)。(c)Kiyoshi Ota / POOL / AFP〔AFPBB News

 しかし、最近の安倍外交は、そのようなダイナミックさが影をひそめ、小手先で小さな得点稼ぎに腐心しているように見えてしまうのです。それが誤解であれば、平にご容赦いただきたいのですが、そこに高度な戦略的判断が見えてきません。

 トランプ大統領の5月の訪日はつつがなく終わりましたが、6月には中国の習近平主席が来日し、日中とともに米中首脳会談が開かれます。さらに安倍総理が「前提条件なし」での対話に意欲を燃やす北朝鮮の金正恩委員長との首脳会談も遠からず開かれるかも知れません。もちろん、日露交渉も続いています。6月のG20に韓国がどのようなアプローチで臨むのか、それをどう迎えるのか安倍総理の外交のリアリズムが厳しく問われると思います。

 目先の利害得失に目を奪われることなく、当初見据えていた日本の戦略的利益が描かれた「ビッグピクチャー」を胸に、リアリスト外交を展開していただきたい。