大谷 達也:自動車ライター

着々と電動化するマセラティ

 マセラティは、アドリア海に面したリゾート地のリミニで“フォルゴレ・デー”と題するイベントを開催した。

フォルゴレ・デーの幕開けと同時に、「マネスキン」のヴォーカル ダミアーノ・ダヴィドを起用した『IT TURNS YOU ON』キャンペーンも初披露。ダミアーノ・ダヴィッドが主演する映像が披露された

 フォルゴレは雷鳴や稲妻を意味するイタリア語で、マセラティが世に送り出す電気自動車(BEV)には、いずれもフォルゴレがグレード名として与えられている。なお、本国イタリアでは、2+2シーターのグランドツアラーであるグランツーリズモ・フォルゴレ、それに人気SUVのグレカーレ・フォルゴレの2モデルが発売済みだが、今回のイベント中にグランツーリズモ・フォルゴレのコンバーティブル版であるグランカブリオ・フォルゴレが発表され、合計で3モデルを数えるに至った。

Maserati Gran Cabrio Folgore

 実はマセラティ、4年ほど前に発表した計画にしたがい、着々と電動化戦略を推し進めていることで知られる。今後はスーパースポーツカーであるMC20のBEV版を投入するいっぽう、2025年中にはフラッグシップ・サルーンのクワトロポルテとSUVのレヴァンテを新型に切り替えると同時に、それぞれフォルゴレを設定することで全モデルにBEVを用意。その先には、BEVのみを生産・販売する100%電動車メーカーへの転身が控えているのだが、そのタイミングは、当初予定していた2030年を2年前倒しして2028年とすることが今回、発表された。これほど電動化に熱心な自動車メーカーは、世界中探してもそうそうない。

フォーミュラE東京大会を制したのも記憶にあたらしい「マセラティ ティーポ フォルゴレ」と「グレカーレ」「グランツーリスモ」

斬新な電動化計画

 皆さん、なんとはなしに「ヨーロッパの自動車メーカーであればどこも厳格な電動化計画をすでに発表済み」と思われているかもしれない。ただし、「電動化モデルを出す」と明言しているメーカーは多くても「エンジン車を止める」と公言しているメーカーは多くない。私が記憶しているなかで申し上げれば、ボルボ、ジャガー、ロールスロイス、ベントレーくらいのもの。つまり、サルーン系のモデルを主力にしているブランドばかりで、スポーツカーまで手がける大手自動車メーカーが「完全電動化」を宣言しているケースは、マセラティ以外に聞いたことがない。それくらい、彼らの電動化計画は斬新なものなのだ。

 スポーツカーメーカーが完全電動化になかなか踏み切れない理由についてはランボルギーニ・ウルスSEを紹介したリポートで説明したとおりで、現状ではスポーツカーに不可欠な軽量設計が難しい点にある。

 では、マセラティはどうしたかといえば、彼らのBEV第1弾であるグランツーリズモ・フォルゴレでは前輪を1基のモーターで駆動するとともに、後輪は2基の独立したモーターで左右輪を個別に駆動。この駆動力差によってクルマが自然と曲がる特性を生み出す(これをトルクベクタリングという)ことで、エンジン車より500kg近くも重い車重をカバーしている。

グランツーリスモの場合。左がガソリンエンジンモデル、右がBEVモデル

 なお、グランツーリズモは合計3基のモーターを駆使することで761psの最高出力を発揮。同じグランツーリズモのエンジン車でもっとも高性能なトロフェオを上回る2.7秒(3.5秒)の0-100㎞/h加速と325km/h(320km/h)の最高速度を達成している点も特筆すべきだ(カッコ内はトロフェオのデータ)。

 さらには92.5kWhの大容量バッテリーをセンタートンネル内や後席下にレイアウト。これによって車両全体の重心高をロールセンター(コーナリング時にクルマが傾く際の中心軸を指す。通常はサスペンション設計で決まる)と揃えることにより自然なドライビング感覚と素早いロールを生み出し、エンジン車に近いコーナリングを可能にしたという。

 いっぽうのグレカーレはバッテリーを床下の低い部分にフラットにレイアウト。低重心化で車体の安定化を図るとともに、広々とした室内を実現した。なお、グレカーレ・フォルゴレはモーターを前後に2基搭載。グランツーリズモのようなトルクベクタリングはできないものの、SUVらしく4WDとした点も特徴のひとつだ。

プラットフォームを内燃機関モデルと共有しながらも……

 興味深いのは、グランツーリズモもグレカーレもエンジン車と共通のプラットフォームを用いながら、それぞれのモデルに求められる個性をしっかりと打ち出している点にある。

 奇しくも、BEVの需要が伸び悩んでいるとの報道が続いているが、率直にいってBEVの販売動向を予測するのは容易ではない。ここで、もしもエンジン車とBEVでまったく異なるプラットフォームを用いていて、生産ラインを共用できないとすれば、需要に応じてエンジン車とBEVの生産量を調整するのは難しくなる。その点、エンジン車とBEVでプラットフォームを共有すれば、ふたつのモデルを同一のラインで生産できる可能性が高まり、需要の変化にも柔軟に対応できる。プラットフォームをエンジン車とBEVで共用するマセラティ方式(BMWも同様の戦略をとっている)のメリットは、この点にあるといっていい。

 かといって、何でもかんでもプラットフォームを共用すればいいかといえばそうとも限らない。そもそも、エンジン車とBEVではパワートレインの形がまるで異なる。その異なる形のパワートレインをどちらも受け入れられるような形状にすれば、どこかに妥協が生じ、トップクラスの性能を実現できなくなったとしてもおかしくない。しかし、マセラティはすでにグランツーリズモとグレカーレで、競争力の高いパフォーマンスを備えたエンジン車とBEVの両方を実現している。この事実は、同社の電動化技術が高いレベルにあることを物語るものだ。

 前述のとおり、マセラティはさらにMC20フォルゴレをリリースし、クワトロポルテとレヴァンテでもフォルゴレ版を用意するとしている。今後登場するマセラティのBEVにどんな技術が用いられるかも注目点のひとつといっていいだろう。