手元に置くことで心躍る逸品がある。それは類い稀なセンスを軸に、厳選の素材を用い丁寧に作られたもの。なかでも長年にわたり、世界から認められてきたブランドの名品に絞ってピックアップ。そのストーリーを深く知ることで、本当のラグジュアリーが見えてくる。

写真/青木和也 スタイリング/荒木義樹(The VOICE) 文/長谷川剛 編集/名知正登

一日の仕事終りに開くモードな夢

 モードブランドにはマジックがある。現実から少しだけ離れ、素敵な非日常を味わわせてくれるオーラをもつ。そのアイテムを取り入れることで、お洒落な夢が見られるのである。雨の日に濡れないコートや何キロも走れるスニーカー、それに耐久性に優れた厚布トートは確かに頼もしい。どれも日常を効率的に助けてくれるグッズである。

 しかしそこにロマンチックなエモーションが入り込む余地は限定的。自分を輝かせる夢を見るためにも、我々は何か心躍るアイテムを用意しておくべきなのだ。

 とはいえ、現実に使い勝手が悪いアイテムでは、逆に興醒めとなってしまうこともある。だから現代人に理想的なモードアイテムというものは、夢がありつつも“うっとり”を損ねない、適度な利便性を兼備したものが好ましいに違いない。

写真=CAMERA PRESS/アフロ

 世に優れたモードブランドは数多い。しかしサンローランほどの傑出したメゾンは数えるほどだ。サンローランを創出したのはご存知のとおり、フランス生まれのデザイナー、イヴ・サンローランその人である。18歳の時にクリスチャン・ディオールに師事し、21歳の若さでクチュリエとして華々しくデビュー。自身のオートクチュールメゾンを立ち上げたのは1961年。それでもまだ24歳というタイミングだ。

 特にサンローランの偉業として鮮やかであるのは、1966年に打ち出した「ル・スモーキング」のリリース。それまで男性の盛装におけるアイコンであったタキシードを、女性に着せるという逆転の発想は、ファッションシーンを通り越し、社会現象として世界を揺るがした。

 そんな革新的なメゾンを2016年に引き継いだ人物がアンソニー・ヴァカレロだ。イタリア人の両親を持つベルギー出身のクリエイティブディレクターは、非常に理性的かつ野心的。イヴ・サンローランのDNAも活かしつつ、サンローランの革新性を次世代に渡すクリエイションを見事に打ち出している。

写真=REX/アフロ

 なかでも現代に生きるモードファンを強く惹き付けたポイントとして「ル・サンカセット」は象徴的である。フランス語で「5時から7時」を意味し、その名の通り、仕事終りの女性を意識した、小粋なバッグコレクションだ。

 初出は2021年の夏を彩るコレクション。アンソニー・ヴァカレロが志向する現代女性の行動様式を詰め込んだデザインは、シンプルにして美しく使えるショルダー型に完成した。とりわけ小脇に抱えられるほどの絶妙な小ぶりサイズが、ファーストコレクションの特徴である。

 高級メゾンのショルダーバッグというと、お姫さま風のかっちりデコラティブなデザインも多い。しかしこの「ル・サンカセット」は、非常に洗練されていてスッキリとクリーン。“スリーク”という表現がハマる都会的な鞄である。

 シンプルながら絶妙な曲線をもつバッグは、体のラインに沿うフォルム。過剰でないがゆえ、デイリーなTシャツ&ジーンズのような装いにもマッチする。もちろんレザーモデルなら、その高級感からシックなドレススタイルをエレガントに引き立ててもくれる。

 そして何より、その合理的かつアイコニックな存在感を放つクロージャーは特筆部分だ。YSLのイニシャルをかたどったカサンドラロゴを、そのままロックシステムにしており、重厚なツヤを持つブラス製と相まって、アクセサリー的な洒落感を主張するのである。

写真=Splash/アフロ

 一日の仕事終りにこのバッグとどこへ出かけよう。それは自分を高める習い事の日かもしれない。いつもの悪友を誘ってワインバーを回ってみたり、気になる人と最上階でのディナーも、それはそれで守備範囲……。あらゆるシーンにおいて“いつもの自分”をセンス良く格上げしてくれるスマートな名品。それが「ル・サンカセット」なのである。