NHK連続テレビ小説『虎に翼』は、日本史上、初めて誕生した女性弁護士の一人にして、初の女性判事、初の女性裁判所長となった三淵嘉子をモデルとするオリジナルストーリーである。

SNSでも話題で、大変に評価が高いため、途中から視聴をはじめた方も少なくないだろう。

途中から視聴した方も、初回から視聴している方も、これから視聴する方も、よりドラマを楽しめるように、伊藤沙莉が演じる主人公・猪爪寅子のモデル三淵嘉子の人生を、ご紹介したい。

なお、ドラマのタイトル『虎に翼』は、中国、戦国時代末期の法家で思想家の韓非(生年不詳~紀元前233、234年頃)の論文集『韓非子』「難勢」に登場する言葉で、「もともと強い者に、さらに強さが加わる」ことのたとえである。

文=鷹橋 忍 

1982年5月当時の三淵嘉子 写真=共同通信社

シンガポールで生まれる

 主人公・猪爪寅子のモデル三淵嘉子(旧姓「武藤」、最初の結婚後「和田」、再婚後「三淵」)は、大正3年(1914)年11月13日に生まれた。

 父は武藤貞雄(ドラマでは岡部たかしが演じた猪爪直言)といい、東京帝国大学法科を卒業したエリートだ。

 母は武藤ノブ(信子/ドラマでは石田ゆり子が演じた猪爪はる)といい、父も母も香川県丸亀市の出身である。

 台湾銀行に勤めていた貞雄は、ノブと結婚してすぐにシンガポールに転勤となり、妻とともに赴任した。

 嘉子はこのシンガポール滞在時に生まれており、嘉子の「嘉」の一字は、シンガポールの漢字表記「新嘉坡」に由来する。

 

兄はいない

 ドラマの猪爪寅子には上川周作が演じた猪爪直道という兄が存在したが、嘉子に兄はいない。

 嘉子は第一子であり、後に長男の一郎、次男の輝彦、三男の晟造、四男の泰夫という、四人の弟が誕生する。

 大正5年(1916)、嘉子が2歳の頃、父・貞雄はニューヨークに転勤となった。

 嘉子と母・ノブは貞雄の赴任地へは行かず、丸亀のノブの実家で、数年間を過ごしている。

 ノブは良妻賢母で、躾には厳しいほうだったという(三淵嘉子さんの追想文集刊行会編『追憶のひと三淵嘉子』所収 平野露子「心に生きる嘉子さん」)。

 大正9年(1920)、貞雄は東京勤務を命じられ、帰国した。

 嘉子たちも東京に移転し、渋谷区を経て、麻布笄町(港区麻布地区に存在した旧町名/嘉子の家は現在の港区西麻布四丁目)の借家で、両親や四人の弟たちとともに暮らした。