文=中野香織 撮影=JBpress autograph編集部

「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」展示風景。第2章「イヴ・サンローランのスタイル アイコニックな作品」より。テイラード・スーツ、ジャンプスーツ、タキシード・ルック、シースルーなどその後の女性ファッションの定番となる普遍的なスタイルをイヴ・サンローランは高いレベルで完成させていた

ジャンル別にたどる豊饒な美の世界

 「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」が国立新美術館で開催されている。イヴ・サンローランの没後、日本で初めて開催される大回顧展である。約40年にわたるイヴ・サンローランの歴史を、ルック110体を含む全262点によって全方位的に見せる。

「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」展示風景。第4章「想像上の旅」より。イヴ・サンローランは美術作品や読書を通して異国への幻想を育み、デザインとして表現していた。左奥は中国、中央と右は日本を、それぞれイメージした作品

 アイコニックな作品、想像上の旅、舞台芸術、花嫁たち、日本との関わりなど全12章から構成される。イヴ・サンローランが現代にまで続く女性の普遍的なスタイルをもたらしたこと、ファッションを通して世界とつながっていたこと、服装を通して社会変革をもたらしたこと、高度経済成長期の日本の文化とも関わり、影響を与えてきたことなど、様々な角度からサンローランの功績を見直すことができる。

「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」展示風景。第4章「想像上の旅」より。左からスペインの闘牛士、スペインのジプシーをそれぞれイメージした作品。右の2点はモロッコの庭園を想起させる「ブーゲンビリア」ケープ

 各章それぞれの見どころについては、展覧会公式HPでも詳細に紹介されているのでそちらをご覧いただくとして、ここではファッション史の学徒として刺激を受けた第5章「服飾の歴史」についてとくに記しておきたい。

 この章では、イヴ・サンローランによるファッション史の解釈が堪能できる。古代ギリシアから1940年代まで16体。各時代の本質的な特徴を1970年代~2000年代のサンローランが再構築し、同時代にも新鮮な感覚で通用するファッションとして蘇らせた。

「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」展示風景。第5章「服飾の歴史」より、左から、古代、中世、17-18世紀をイメージしたファッションが並ぶ。ギリシア・ローマの衣装からインスピレーションを得た「ヴェスタル・ガウン(巫女のガウン)」は、30年代に活躍したマドレーヌ・ヴィオネやマダム・グレといったクチュリエの作品も思い起こさせる

 古代ギリシアの左右非対称のドレープ、中世のパゴタスリーブ、ロココのパニエ、19世紀末のバッスル、20年代フラッパーといったエッセンスを、イヴ・サンローランが、懐古趣味に陥ることなく、ヴィヴィッドに花開かせている。

「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」展示風景。第5章「服飾の歴史」より、17-18世紀をイメージしたイヴニング・ガウン。かつてはこのシルエットを作るためにコルセットやパニエ、クリノリンといったスカート拡張装置を下着としてつけていた。イヴ・サンローランはそれを脱構築し、ポケットやクッション、リボンを駆使して同様の効果を作り出している

 バッスルがミニスカートとしてアレンジされる独創的な大胆さときたら。たしかに当時の最先端、ヒップを強調するバッスルを誇らしく着用していた19世紀の貴婦人は、1990年代ならこういう気分だろうなと思えてくる。ファッションの歴史に敬意を払いながら、それを用いて完全にイヴ・サンローラン印の世界観を創り上げているのだ。

 さらに、歴史を抱擁する彼の世界観が21世紀の私たちにこうして新しい形で届けられている。そんな風に歴史が天才デザイナーを経て未来へと続いていくことに、心が震える。

「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」展示風景。第5章「服飾の歴史」より、左から、19世紀から1940年代をイメージしたファッション。右のショッキングピンクのファーコートで表現する1940年代スタイルは、フランス解放後の軽快な喜びにあふれる時代を現代的に再解釈したもの。短いスカート、パテントレザーのシューズ、アメリカンスタイルのターバンを現代的にリメイク

 歴史を彩ったファッションは、その時代の最先端の価値観を体現することによって、あるいは時代の価値観に抵抗することによって、最高にエレガントであろうとした人たちの情熱や美意識や創意の表象である。人間らしさの結晶であるようなそんな表象が「古く」なるわけがない、とサンローランは示唆するのである。

 イヴ・サンローランのマジックによって蘇り、フラットに並べられた「歴史的」衣装は、時系列無関係な豊饒な美の世界を現出していた。歴史のエッセンスとイヴ・サンローラン同時代の美意識やテクニックが融合し、新しい解釈で表現された重層的な迫力がそこにあった。