地面に生育するイシクラゲ。食用にもなる。一見すると海藻のようだが、実は食の観点から生物進化を捉えると、重要な位置にあることが分かる。

 私たちが日ごろ食べているもののほとんどは生物である。そして、多くの食材の直系の祖先は私たち人類より先に地球上に現れている。なぜヒトは「その食材」を食べることになったのか。その疑問を解くカギは、この地球上でヒトと生物がたどった進化にある。ふだん何気なく食べているさまざまな食材を、これまでにない「進化の視点」で追っていく。それぞれの食材に隠された生物進化のドラマとは・・・。

 水はけの悪い屋上や空き地に、苔とは違った光沢のあるゼラチン状の物体が大発生していることがある。それは十中八九、「イシクラゲ」という生物である(冒頭写真)。水分があるうちは非常に滑りやすく、乾くと汚泥のような見た目なので、一般的には駆除の対象となる。

 ところが、このイシクラゲ、なんと食べることができるのである。入念に水洗いし、軽く熱湯に通した後は、通常の海藻と同じ扱いでさまざまな料理に使うことができる。味はほぼないものの、柔らかながら確かな食感と微かな風味は「磯臭くないアオサ」といった感じである。

 食材としては海藻のように扱われることも多いイシクラゲ。だが、生物学の視点では、実は海藻からは、かなりかけ離れた所に位置する。どういうことなのか。

バクテリア、古細菌、真核生物に分けられる生物

 現在の地球上に存在する生物は大きく分けて、「バクテリア」「古細菌」「真核生物」の3つのドメイン(まとまり)からなる。

バクテリア、古細菌、真核生物の3つに分けられるドメインと、第1話で主役となるイシクラゲを含む「シアノバクテリア」(赤字)の位置。
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 真核生物というのは、細胞の中に多様な小器官を有する生物群で、動物や植物、菌類(キノコ、カビ)などが含まれる。要は、私たちが日ごろ目にしている生物のほとんどは真核生物である。そして、バクテリアと古細菌の多くは、顕微鏡でしか観察できず、細胞内にほとんど小器官を持たない。

 こんな分類法は、日常の感覚からはかけ離れているだろう。だが、生物学の世界では外観の他に、生物が持つ遺伝情報の類似性が重視され、そのように分けているのだ。違うドメインにいる生物は、それぞれかなり異なった原理によって生きている。