なぜ論文の捏造は止まらないのか。

(小谷太郎:大学教員・サイエンスライター)

 先日2019年2月20日、科学誌『ネイチャー』が1篇の論文の撤回を発表しました。

 2018年9月5日に発表されたこの論文は、脳腫瘍(しゅよう)の免疫療法を開発したと主張するもので、これが本当なら何万もの患者を救う朗報です。開発の主役は、「エジプト小児がん病院57357」のヘバ・サマハ氏という女性研究者です。

筆頭著者のヘバ・サマハ氏(左)と、共著者のひとりのナビル・アーメド博士(右)。 By courtesy of Baylor College of Medicine.

 しかし発表から6週間後、この論文への疑惑があるサイトに投稿されました。画像がコピペと加工で作られているというのです。加工の指摘はあちこちから相次ぎ、論文の画像のほとんどがフォトショップを駆使した「労作」であることが明らかになってしまいました。

 指摘を受けた共著者たちは論文の撤回に同意しましたが、ひとりヘバ・サマハ氏だけは同意しませんでした。

 この何だかどこかで見たような事件は終わったわけではなく、まだ調査が進行中です。

 小保方晴子元理研ユニットリーダーによるSTAP細胞事件から5年経った現在、科学という業界は捏造論文にどのように対処しているのでしょうか。STAP細胞騒動の教訓は果たして生かされているのでしょうか。

がんの免疫治療とは

「免疫治療」はがんの新しい治療法として期待されています。さまざまな手法が提案されていますが、その基本は、体内の免疫細胞(キラーT細胞など)にがん細胞を攻撃させる、というものです。

 異常をきたした細胞は、多くの場合、体内の免疫機構に感知され、攻撃を受けて殺されます。けれどもがん細胞は、免疫機構の攻撃を免れる何らかの術(すべ)を身につけています。そのため、体内でぬくぬくと増殖することができ、病変を引き起こします。体内で絶えず発生する無数の異常細胞のうち、そういう術を獲得した細胞だけががん細胞になれるのです。(がん細胞は、アポトーシス(細胞の自殺)機構を無効にするなど、他の条件もいくつか満たさなければなりません。)