いずれにしても、「在韓米軍撤退」の可能性については、「最悪の事態」に備える安全保障の観点からすれば、日本政府内でもすでにしかるべき立場の人々が検討を開始すべきでしょう。実際に歯車がその方向で回り始めてから慌てて検討するのでは遅すぎます。

極限状態で日韓の防衛協力は成立しえるのか

 かりに在韓米軍が撤退し、南北朝鮮が「連邦制」に移行するような事態になれば、どういうことが予想されるのでしょうか。繰り返しになりますが、そういう状態になった朝鮮半島には、中国の影響力が拡大しているはずです。そうなれば、先ほど触れたように38度線が対馬海峡にまで下がってくると同時に、これは岡崎研究所の村野将研究員が指摘しているのですが、いま尖閣諸島で起きているような領土を巡る中国との小競り合いが本州近海にまで北上してくることも考えられます。その時には、核を持った北朝鮮と韓国の連邦国家、その背後から影響力を発揮する中国、この両方に日本は備えなければならないわけです。

 しかもこうした事態が、下手をするとトランプ大統領の在任中に生じるかもしれないのです。決して大げさな意味ではなく、われわれ日本人は、いまそういう岐路に立たされつつあるということを認識しなければなりません。

 他方、上記のような融和シナリオと同時にもう一つ想定しておかなければならないのは、古典的な「朝鮮半島有事」です。朝鮮半島はいまも不安定な状態にありますから、どのような形で紛争が勃発するか分かりません。そのような事態になった場合、米韓、日米の軍事同盟は機能するでしょうが、日韓の関係はどうなるのでしょうか。

 極限状態になれば、領土紛争や歴史問題などを一気に乗り越え、目の前に差し迫った脅威に対して日米韓の共同オペレーションがとれるものなのか。それとも現在の感情的対立が足を引っ張り、政策調整や作戦協議を阻害していくのか、まったく予断を許しません。

 たとえば朝鮮半島で不測の事態が起きて、邦人保護の必要が生じたとしましょう。そのとき、我が国の陸上自衛隊が韓国領内に入っていって邦人を保護するようなことを想定した訓練もしていませんし、そもそもそんなことを韓国が許すはずもないでしょう。日本としては、誰かが港まで連れてきてくれた邦人を、海上自衛隊の艦艇に乗せて連れて帰ってくるのが精一杯です。

 誰がそこまで日本人を連れてきてくれるかといったら、現時点では米軍が中心になってやるのでしょうが、そこに韓国軍も連携することになるのでしょう。そのときに、スムーズな連携が可能になるのかどうかは極めて不透明です。

 自衛隊法が改正され、邦人保護のために陸上自衛隊を派遣し、陸上輸送することも法的には可能になりましたが、だからといって現地の地理や気候など情報が全くない中に放り込まれたら、精強な自衛隊員でも十分な活動はできませんし、なにより危険きわまりない。

 本来はそういうものに備えて、ホスト国、つまり韓国と情報交換や実地訓練を重ねてこなければならなかったのです。たとえば、米軍は日本でも韓国でもそれを行っています。有事があった場合には、民間の港湾、空港も含めて、どこをどう使って非戦闘員を救出するか、というシミュレーションが繰り返しなされています。

 しかし朝鮮半島において、日本にはそうした準備がほとんどありません。朝鮮戦争以来、朝鮮半島で有事の危機に直面しておきながら、なにも備えが出来ていなかった。これは恐るべき事態です。

 日米安保条約、米韓相互防衛条約の存在をもって、「日米韓軍事同盟」と称されることもありますが、日米、米韓の間の同盟は存在しても、日韓の連携については軍事的には細い糸のような結びつきしかありません。軍事同盟がブロードバンドによる結びつきだとしたら、日韓の関係はモールス信号並みの細いものです。ちょっとしたトラブルで途絶しかねない関係なのです。

 こうした事実を踏まえて、日韓関係、ひいては東アジア情勢を考えていく必要があります。

 情緒的に韓国に反発しても、何も解決しません。だからといって、韓国に譲歩に譲歩を重ねても、問題は解決しません。しかも、かつてのような日本の政治家の「妄言」によって日韓関係が軋んでいるのではなく、今回は、米朝、南北関係の融和ムードによって地政学的な土台が構造変化をきたしていることが日韓関係悪化の原因ですから、事はそれほど簡単ではありません。私見では、とりあえず現状がこれ以上悪化しないよう状況を管理しつつ、先ほど触れたような「最悪のケース」に備え我が国の安全保障政策を根本から見直す可能性を視野に入れて具体的な準備作業に入ることが肝要だと思います。