栃木SCのクラブハウス。J2再昇格1年目の今シーズンは勝ち点50の17位、来シーズン以降のJ1入りを目指す(写真:花井智子)。

 サッカー人気は堅調だ。ワールドカップは世界中が熱狂するコンテンツだし、日本だけを見てもJリーグの観客動員は増え続けている。昨シーズンの入場者数は過去最多を更新し(J1~J3の延べ人数)、1000万人も視野に入ってきた。

 一方でそのクラブ運営というと簡単ではない。

 Jリーグが公表した2017年度の決算で、全54クラブの営業収益の合計が初めて1000億円を突破したものの、クラブ単位で見れば19クラブが営業赤字を抱えており、1億円以上の営業利益を出したのは6クラブしかない(浦和レッズ・5億5600万、FC東京・1億8700万、川崎フロンターレ・3億9300万、ジュビロ磐田・2億3600万、名古屋グランパス・5億、徳島ヴォルティス・1億4800万)。

 実際、クラブ単独で黒字化していく難しさはサッカー業界から漏れ聞こえてくる。

 今年5月、そんなサッカー界に、ひとりの元ITベンチャー社長がやってきたことが注目を浴びた。

 江藤美帆さん。マイクロソフトやGoogleを渡り歩き、渋谷にある「スナップマート株式会社」を社内ベンチャーで立ち上げた。「えとみほ」の愛称を持ちSNSでさまざまな情報発信をするインフルエンサーとしても知られた人である。場所はJ2の栃木SC、肩書は「マーケティング戦略部長」だ。

 ITとサッカーと言えば、どうしても「買収」というイメージが付く。先日も渋谷にあるIT大手・サイバーエージェントが町田ゼルビアの経営権を取得したことが話題になったが、江藤さんはそれとはちょっと違う。買ったのではなく、転職を経て中の人になったのだ。

 着任から約半年。ビジネスの最先端にいた経営者からスポーツクラブ運営はどう見えるのか?

 東京から新幹線で1時間、そこからバスで30分。栃木SCのクラブハウスに話を聞きに行った。

スポーツクラブに「お客さん」はいない

栃木SCのマーケティング戦略部部長・江藤美帆さん。その経歴は華やかだ。(写真:花井智子)

――「マーケティング戦略部長」のお仕事を教えてください。

「弊社の収益源は大きく分けるとtoCとtoBがありまして、わたしは主にtoCのところを担当しています。具体的にいうと、チケット、飲食やグッズの販売。まだないのですがファンクラブの新設などがあたります」

――サポーターに向けた販売や新規サポーターの方の獲得など。

「そうですね」

――「渋谷のIT企業」から「地方のクラブ」へと、これまでのお仕事とはまったく異なる環境に見えます。違って見えるところはありますか。

「これまでもtoCが主な仕事だったのですが、その内容はずいぶんと違いますね。特にITの場合だと企業とお客さんの関係性がサービス提供する側とサービスを受ける側にはっきりと別れているんですけど、サッカークラブの場合はみんなで支え合っている感覚があります。サポーターやスポンサー、いわゆるステークホルダーがたくさんいて、彼・彼女らの熱量がとても強い。そこは前職のようなサービスの提供者と受益者という関係とまったく違うところだと思います。特にサッカーの場合、サポーター文化がすごく醸成されていますしね」

――同じ「toC」でもまったく違うものということですか。

「そうですね。ITのプロダクトの場合、商品やサービスが便利だから使うというのがお客さんの発想ですよね。でも、スポーツはそうではないんです」

――お客さんの定義が違う。

「もう、お客さんじゃないですね。特に栃木SCは市民クラブで親会社(責任企業)がありません。誰のものかといったら、県民のものなんですね。なので、私たちは、私たちが儲けるためにクラブを運営しているわけではない。みんながこのクラブを存続していってほしいと思っていて、私たちはそれをうまくやっていくために運営をしている、事務局のような立ち位置なのかな、と思います」