農業への注目が高まっている。雇用不安を受けて、政府も急に農業に目をつけ始めた。農林水産省は技術習得の研修にかかる費用を増額すると言い、総務省は地域おこし協力隊なるものを創設すると言い出した。

 確かに、農業は後継者不足もあって、売り手市場であることは間違いない。現に、農業従事者は1990年と比較しても半減している。

 しかし、他方で新規就農者は増えているという。規制緩和によって誕生した農業生産法人が受け皿となっているからである。

 私も自給自足の生活には憧れている。昨夏、野菜を家で作っている知人宅で、もぎたてのトマトやキュウリをかじり、大地の恵みを心底実感した。しかも、農業はそれを仕事にして生きていけるのである。派遣切りなどに苦しむ非正規雇用者にとっては、格好の活路ではないか!

 このように個人的にも興味があるうえ、社会問題を解くカギを握っていることもあって、行動する哲学者である私は、早速、意気揚々と役所の窓口に調査に向かった。

「食」の安全は「職」の安全

 窓口で私はこう切り出した。「例えば、私が農業を始めることはできますか」。担当者の口から出た次の言葉に、一瞬、我が耳を疑った。「1000万円は用意する必要がありますね」

 現実は甘くなかった。機材購入の融資や、技術習得のための研修費用補助はあるが、その他に1000万円ほどの生活費を用意する必要があるというのだ。この話を聞いて、新規就農希望者の多くはその場で落胆して帰っていくという。当面の生活費がネックなのだ。

 実は、商品になるものを作れるようになるには3年はかかるという。したがって、3年間は生活していけるだけの蓄えを用意しておく必要があるのだ。

 仮に生活費が年に300万円だとしても、1000万円近くのお金を用意しなければならない。これでは定年後に退職金を使って始めるなどといったように、ある程度お金に余裕のある人以外は不可能になってしまう。

 となると、やはり農業を非正規雇用者、あるいは新規就農希望の若者の受け皿にするためには、企業にどんどん参入してもらって、初期投資がなくても始められる環境を整えていくよりほかないようだ。

 その点で、外食産業などの農業参入にはぜひ着目したい。彼らは農地を賃借し、自前で食材を調達しているのだ。当然農業に従事する社員が必要になる。ここにおいて、「食」の安全が「職」の安全に結びつく。