今から18年前、北部方面総監であった私が、北海道財界の代表者数人と懇談した時のことである。
北方4島が返還されたら漁業資源が枯渇する?
「北方4島というのは我々から見ると全く経済的価値のないものなのですが、総監、軍事的価値はあるのでしょうね」
「え? あそこには豊かな水産資源があるのでしょう?」
「それはありますが、日本に還ってくれば、全国の漁民が一挙に集まってきて、あの資源など2~3年で枯渇してしまいます。そのうえ、4島に人が住めるようにするために、日本政府も北海道も回収困難な多額の投資をしなければなりません」
「そうですか、軍事的価値は大きいと言えますね。あの4島にどちらのレーダーが立つかということだけで、日本のみならず世界の軍事情勢に大きな影響を与えますから」
「それなら、やはり返還運動を続けなければなりませんね」・・・という会話がなされた。
国家は力と利益と価値の体系である
故・高坂正堯京都大学教授は「各国家は力の体系であり、利益の体系であり、そして価値の体系である」と述べている。
札幌財界人は北方領土に「利益」はない、と言った。つまり領土とは「力」なのか「利益」なのか「価値」なのか、これを決めずして領土返還の議論を続けることはできないということらしい。
もちろん、高坂教授の言葉にもいろいろな解釈が在り得るのだろうが、ここでは、「力」とは武力・警察力のこと、「利益」とは経済的利益すなわちカネのこと、「価値」とは力・利益に換算できない価値のこと、と一応決めておきたい。
そして高坂教授が「国際関係はこの3つのレベルの関係がからみあった複雑な関係である。しかし人々はその1つのレベルにだけ目を注いできた」と警告していることにも留意しなければなるまい。