一冊のテキストがつないだ絆

 一方、今年1月末には、25年前に日本が教えた技術がミャンマー国鉄の中でしっかりと息づいている場面に遭遇した。

 その日、東京大学大学院工学系研究科特任教授の島村誠さんと、ミャンマー国鉄のミャットリンさんは、ヤンゴン市内のマルワゴン橋梁工場にいた。島村さんは、テーブルに置かれた1冊のテキストを何度も手に取っては、感慨深げにページをめくる。

 2人は1990年、アジア太平洋地域の経済社会開発に関する地域協力を促進する国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)が実施するプロジェクトの中で出会った。当時、アジア太平洋諸国では、植民地時代に建設された土木構造物の多くがそのまま放置され、劣悪な状態にあるという課題を抱えていた。

 例えば、ベトナム戦争時に北爆で鉄道橋が大きな被害を受けたままになっていたベトナムでは、「首都ハノイから南部の商業都市ホーチミンまで、列車より自転車の方が速い」と揶揄されていたという。

 こうしたニーズをふまえ、ESCAPは1989年、各国の土木構造物、特に鉄道インフラを診断するとともに、実態を踏まえた実務的な教科書を制作し、ミャンマーをはじめ、バングラデシュやインドネシア、スリランカなど8カ国の所管省庁の担当者ら計16人をタイ・バンコクに招き、補修・維持管理のやり方を指導するワークショップの開催を決定した。

今春には広電本社でも技術研修が実施された

 ESCAPは日本にも協力を要請。これに応える形でJR東日本から派遣された島村さんが指導した参加者の1人が、ミャンマー国鉄から参加していたミャットリンさんだった。

 「以前は、塗装がはがれたらペンキを上塗りし、事故が起きたらその箇所を直していたが、ワークショップに参加して、問題が起こらないように事前に対策をとることの大切さを理解した」というミャットリンさんは、ミャンマーに帰国後、すぐに全国の鉄道橋の検査に着手。老朽化や損傷が認められた639橋を改修の緊急度に応じてクラス分けした。

 さらに、ワークショップで使った英語の教科書もミャンマー語に翻訳。その後も、ミャンマー特有の事情を盛り込みながら改訂を重ねた。

 2011年には、鉄道運輸省傘下の鉄道トレーニングセンターの副センター長に就任したのを機に、これまでの集大成として再度、教科書を改訂。この最新版は、その後4年間、リンさん自身が教壇で用いたほか、同氏が退職した今もなお、この国の鉄道技術者の間で広く活用されている。

 この日、島村さんは、リンさんの言葉に耳を傾けながら何度も深くうなずいていた。