フィリピン・スービック海軍基地の全景(出所:Wikipedia

 4月3日、海上自衛隊の練習潜水艦「おやしお」が駆逐艦「ありあけ」と「せとぎり」とともにフィリピンのスービック軍港に到着した。

 フィリピンやアメリカでは、これら海上自衛隊艦艇のフィリピン訪問は、自衛隊とフィリピン軍の関係強化とともに、スービック港の直近とも言える南シナ海海域で猛威を振るう中国海洋政策に対する日本側の牽制行動として歓迎されている。

 スービック港親善訪問のあと、2隻の駆逐艦は、フィリピン以上に中国海洋戦力に圧迫されているベトナムを代表する軍港カムラン湾に向かう。海上自衛隊駆逐艦がカムラン湾海軍基地に寄港するのは、今回が初めてとなる。

スービック基地とカムラン湾の位置
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海自の行動を高く評価する米海軍戦略家たち

 今回の海上自衛隊艦艇によるスービックならびにカムラン湾訪問について、あるアメリカ海軍戦略家は、「海上自衛隊艦艇のスービック寄港は、海上自衛隊とフィリピン海軍にとって記念すべき日となった。アジア太平洋海域での戦略環境に対しても歴史的なインパクトを持つ日なるであろう」と高く評価している。

 アメリカはオバマ政権下での大幅な国防費削減によって、南シナ海への覇権主義的海洋侵出政策を推し進める中国に自らの海洋戦力だけでは対抗しきれなくなり、同盟国の戦力を活用する方針に転じている。だが、南シナ海に面するアメリカの同盟国フィリピンの海洋戦力はゼロに近い。そのためアメリカが強力にバックアップしなければならない。ところが、かつてフィリピンに大規模な海洋戦力(海軍、空軍、海兵隊)を配備していた時代と違い、そのような大規模戦力をフィリピンに展開させる余裕はアメリカにはない。そこで、オーストラリアや日本に積極的に南シナ海問題へ関与するとともに、フィリピンとの同盟関係を強化するように期待し、働きかけを強めているのである。

 日本は、このような状況下でスービック軍港とカムラン湾海軍基地に潜水艦と駆逐艦を派遣したのである。スービック軍港は、南沙諸島で軍事紛争が起きた際にフィリピン海軍とその同盟軍の出撃拠点となる。また、カムラン湾海軍基地は、南沙諸島や西沙諸島での軍事紛争に際してはベトナム海軍とその同盟軍の出撃拠点となる。アメリカ海軍が、「日本政府が本腰を入れて、中国と対決してでも南シナ海を中国の思い通りにはさせまいという態度を具体的に表明した」と理解するのも当然と言えよう。

 日本による“勇気ある”艦艇派遣は、自衛隊とフィリピン軍ならびに自衛隊とベトナム軍の関係強化の第一歩であり、ひいては、ベトナム、フィリピン、マレーシアをはじめ日本、アメリカそれにオーストラリアなどを含む、南シナ海における“対中牽制網”確立への力強い意志表示となったと高く評価されている。

腰が引けているオバマ政権

 海自艦艇のスービック軍港とカムラン湾への親善訪問をアメリカ海軍関係者たちが高く評価しているのには、もう1つの“アメリカ側”の事情もある。

 中国が南シナ海での軍事的優勢を確実にさせつつある昨年秋になって、アメリカ政府は遅ればせながら「南シナ海を中国に独占させない」との軍事的示威行動を開始した。「FONOP」(公海における航行自由原則維持のための作戦)と呼ばれる軍事的デモンストレーションである。

 ただし、対中融和的なオバマ政権は、アメリカ海軍戦略家たちの要望通りに積極的にFONOPを実施させることには躊躇しており、2015年10月と2016年1月にFONOPの実施を海軍に許可しただけである。

 そして、前回から3カ月ほど経った4月に第3回目のFONOPが実施されるとの報道がなされた。正確な日時と、どの環礁の十二海里内海域に軍艦や航空機が派遣されるのかは明らかにされていないが、少なくとも3回目のFONOPが南シナ海(それも中国が主権を主張し他国との間で領有権紛争中の島嶼環礁周辺海域)で実施されることを、米政府関係者がメディアに提示したことは事実である。

 だが、一部の米海軍対中戦略専門家たちは、アメリカ政府がFONOP実施計画を事前に発表(公式にではなくとも)してしまったことに対して強く反発している。

 なぜならば、どのような形にせよFONOPの実施を予告してしまうことは、アメリカ艦艇や航空機が「一方的に中国が主権を主張している領域」を通航することを中国に対して暗黙のうちに通告しているようなものだからである。

 国際海洋法では「無害通航権」(沿岸国の平和・安全・秩序を害さない限度において船舶が他国の領海を航行できる権利)が保障されている。しかし中国は、たとえ無害通航権の行使といえども中国の主権的海域を通航する軍艦に対しては中国政府への通告を要求している。したがってアメリカ政府がFONOPを実施する予定を前もって明かしてしまうというのは、「あたかも中国政府に対して暗に軍艦派遣を通告しているようなものであり、中国政府に遠慮するにもほどがある」ということになるのだ。

南シナ海での中国への牽制は日本のためでもある

 中国牽制派の米軍関係者たちにとっては、このようにオバマ政権の腰が中国に対して引けていればいるほど、積極的に軍艦を派遣し、フィリピン軍に対して航空機の供与も開始した安倍政権の姿勢が頼もしく感じられるのである。

 日本による南シナ海問題への積極的な関与は、これまで数回にわたり中国と戦闘を交えているベトナムや、極めて弱体な海洋戦力しか持たないフィリピン、そしてここのところ中国海警や漁船との領海紛争が本格化しつつあるマレーシアなどからも、極めて頼もしい動きと受け取られていることは間違いない。

 また、南シナ海が「中国の海」となってしまうことを牽制するのは、南シナ海沿岸諸国やアメリカのため以上に、もちろん日本自身のためである。

 なぜならば、南シナ海には日本にとって最も重要なシーレーンが横たわっているからである。また、南シナ海での対中牽制に日本が協力することは、東シナ海での対中牽制に多くの国々からの助力と支持を得ることにつながるからでもある。

 ただし、平成28(2016)年度予算における国防費程度の予算規模とその内容(相変わらずの“お買い物リスト”)では、これらの南シナ海関係諸国の期待に応え、日本の国益を確保するだけの活動を南シナ海で継続することは極めて困難と言わざるをえない。

南シナ海が中国の手に落ちれば、間違いなく東シナ海も中国の手に落ちてしまうことを我々は肝に銘じておかねばなるまい。