日本農業が強い産業であり、なにもかもが上手くいっていると思う人はいないだろう。問題が山積していることから多くの議論が行われてきたが、どれも解決策を明示するまでには至っていない。

 その理由は、これまでの議論には、「日本農業が食料自給率という罠(わな)にはまっている」という認識が欠けているためである。

 日本農業は罠にはまっている。そのために、もがけばもがくほど、深みにはまり苦しんでいる。本シリーズでは、なぜ罠にはまってしまったのか、罠を脱するにはどのようにすればよいか、また、どうすれば日本農業を再生することができるかについて解説したい。

なぜ農水省は「カロリーベース」にこだわるのか

 現在、わが国のカロリーベースの食料自給率は40%前後にまで低下している。この事実は小学校の教材にも取り入れられ、広く国民が知るところになっており、ごく自然に国民は食料自給率を向上させるべきだと考えている。

 そのような国民の意識に対しては政党も敏感で、民主党も自民党もそのマニフェストにおいて食料自給率の向上を謳っている。

 こうした事情から、食料自給率の向上は農政の大きな目標になってしまった。農水省の役人に聞くと、国民の要望に応えるために食料自給率の向上を図っているという答えが返ってくる。

 このように書いていると、国民の意識が農政を決定しているように見えるが、それは事実の半分である。なぜなら、ここ20年ほど食料自給率の低下を喧伝してきたのは他ならぬ農水省だったからだ。

 国民は農水省の宣伝を信じてしまっただけ、とも言える。この辺りの事情は、戦前の軍部による宣伝と、それに対する国民の反応に似ている。

 それでは、なぜ農水省は食料自給率の低下とその危険性を広く訴えたのであろうか。

 それは、産業としての農業の比重が低下する中で、なんとか国民の関心を農業に引き戻したいと考えたためである。

 食料自給率を表すには、「重量ベース」「金額ベース」「カロリーベース」などいろいろあるが、日本ではカロリーベースの自給率が用いられている。それは、カロリーベースの値が最も低く、危機感をあおる上で好適であったからであろう。

 また、カロリーベースは人間の生存に直接関わる指標にもなっている。この「生存に関わる」という点が、農水省が予想した以上の宣伝効果をもたらした。