農業は国家の重要なセクターであり、多くの人が関心を持っている分野です。しかし、農業に対するイメージは、「遅れている」が全てであると言っても過言ではないでしょう。

 結論から先に申し上げておけば、農業は遅れているのではありません。過去に何度もイノベーションは起こっています。

 しかし、その程度のイノベーションでは足りない。農業のイノベーションは既存の工業よりも高い技術水準が必要で、そうした技術はまだ多くが開発されていません。それが実態です。

生産効率を飛躍的に高めた農業機械と農薬

 過去に起こった農業界のイノベーションで最大のものは、農業機械と農薬の出現でしょう。

 農業機械が出現する前、稲作の場合、1農家で作れる規模は1ヘクタール(1町歩)ほどでした。雑草や病害虫による減収リスクは常につきまといました。

 しかし、農業機械の出現で、現代では1農家で10ヘクタール作ることもできます。20ヘクタール作ることだって珍しくはありません。様々な条件が揃えば、1人で50ヘクタールやっている農家もあるかもしれません。

 農薬のイノベーションは、さらにすさまじいものがあります。田植えの直後、除草剤をまくのにどの程度時間がかかると思いますか? 最短は1秒です。誤記ではありません。1分の60分の1。本当に1秒なのです。

 この除草剤は、水田に投げ込むと水溶性の袋が溶けて中身が溶け出し、除草剤に含まれる界面活性剤の効果で、水田全体に短時間で均等に広がります。人間の行う作業は袋を投げ込むだけ。それで2カ月程度、雑草を押さえ込めるのです。これを人力でやるなら、10アールをやるだけで3日は費やすことになるでしょう。

 農業機械と農薬が出現後、作物により違いはありますが、労働生産性は大きく向上しているのです。

農業が「遅れている」のは技術の要求水準が高すぎるから

 では、なぜ農業は「遅れている」産業になっているのでしょうか? 理由は簡単。他の業種の生産性の向上の方が農業よりはるかに大きかったのです。

 なぜそうなったのか。他の鉱工業の方が農業より低水準の技術で、より高い生産性を上げられたからです。

 産業用ロボットを挙げましょう。産業用ロボットが日本の自動車工場などに目立ち始めたのは1980年代です。この頃の産業用ロボットは、まだ技術的に未熟で、金属など堅いものしか扱うことができませんでした。

 だから、自動車など堅い部品を扱う産業の生産性向上には役立ちました。しかし、リンゴなど柔らかく傷つきやすいものを扱うことはできなかったのです。