特集 航海時代

トヨタの工販分離体制が抱えていた5つの問題

一筋縄ではいかなかった工場の海外進出

2010.09.16(Thu) 田中 正知

本流トヨタ方式

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「本流トヨタ方式の土台にある哲学」について、「(その1)人間性尊重」「(その2)諸行無常」「(その3)共存共栄」「(その4)現地現物」という4項目に分けて説明しています。

 企業を取り巻く利害関係者との関係を表す「(その3)共存共栄」は「本流トヨタ方式」の根幹を成す考え方であり、行動規範でもあるので、詳しく説明しています。

 前回お話ししたように、1950年代以降、トヨタ自動車ではトヨタ自動車工業(自工)、トヨタ自動車販売(自販)という2社体制が効果を発揮し、大きな発展を遂げました。特に生産体制では豊田地区を中心に理想的な工場群が出来上がり、海外へ出ていく気が起きなかったというお話をしました。

 しかし、70年代末になると、米国本土に自動車の生産工場を移すことが焦眉の急になってきたのです。ここでトヨタは様々な問題に突き当たることになります。

現地で雇える従業員数に合わせて工場をつくる

 トヨタは、40年間にわたって豊田地区で通勤圏内のクラスターを築き上げてきました。79年に、その殻を破って初めて田原地区に出て、新工場を設立しました。その時に、改めて豊田地区の素晴らしさを認識すると同時に、国内の工場のコピーをそのまま海外につくることの難しさを痛感したのです。

 豊田地区の工場群は、いわば自然にできたクラスターでした。これを海外で人工的につくろうというのですから大ごとです。言ってみれば、荒野に大規模の工場群を一度につくるのです。

 工場で働く人をどこから集めてくるのか。集まったとして、その人たちはどこで生活するのか。従業員の住む家や、学校までつくるとすると、工場を建設する以上のお金がかかってしまうことでしょう。

 さらに、その工場群で働く職人たちの仕事を確保できるのか。生産量は市場の動向で変わりますが、仕事の中味はもっと変わっていきます。職人が万能工だと良いのですが、その道一筋という職人を食べさせるだけの一定の仕事量を確保できるかどうかという問題が生じます。

 米国のビッグ3各社は、販売台数が減れば安易に従業員をレイオフするに経営方式を採っていました。ところがトヨタでは「会社都合で従業員の解雇は行わない」ことを基本に置いた経営をやってきましたから、雇用に関わる問題には慎重に考えざるを得ませんでした。

 一般的に自動車という商品は新車発表時には爆発的に売れますが、3年目ぐらいになると4分の1位に落ち込みます。その極端な需要変動から雇用を守る対策として、発売時期の違ういくつかの車種を同じラインで流すことが大事です。もう一つの対策としては、前回の田原工場の話に出てきたカローラでやったように、現地と日本とで同じ自動車を生産するような体制(リンク生産)にしておき、現地市場の振れ幅を日本側が生産の増減で吸収する方法があります。

 これらの手段を使うとしても、従業員は近隣から通勤できる人のみとし、新しくつくる工場の規模は、現地で雇える通勤可能な人員で考えるべきだというのが、田原工場から得た知恵でした。

 住居や生活環境まで整備して従業員を遠方から引っ越させてくることは、当然お金がかかることなので、企業としてペイしないということはあります。しかし、地域との共存共栄という立場から見た時、もっと大きな問題があります。田原工場の例では、愛知県に懇願された形で土地を買い、工場を建て、操業を開始しましたが、肝心の田原町に住む人たちからは当初は歓迎されませんでした。しかし、それは同じ日本の、愛知県内の出来事なのでさしたるトラブルは起きず、時間が自然と解決してくれました。

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