不明の息子を捜し4年、悲しみにとらわれ続ける震災遺族

福島県南相馬市萱浜にある東日本大震災の津波で損傷した住宅〔AFPBB News

 Death Is a Lonely Business―「死ぬときはひとりぼっち」などと訳される、レイ・ブラッドベリの代表作である。

 そうは言っても、死んだあと誰にも見つけられないことは本当に悲劇だ。5月7日、相馬市の仮設住宅で55歳の男性が亡くなった。死後1週間程度経過して見つかったようで、いわゆる孤独死と考えられる。

 私は、大阪出身なので、阪神・淡路大震災当時に仮設住宅で孤独死が問題となったことを覚えている。仮設住宅に入居する際に、元の行政区単位を考慮せずに入居したため、コミュニティがなくなってしまった。

 その結果、5年間で237人が孤独死したという。

孤独死対策に力を入れてきた相馬市

 阪神大震災の孤独死を調査した松澤明美氏『法医剖検例からみた高齢者死亡の実態と背景要』は、仮設住宅での孤独死を防ぐために、「火災の予防など高齢者向けの安全設備を設けること」、「精神的・社会的な孤独を防ぐこと」が重要だと結論づけている。

 これらの教訓を生かし、相馬市はこれまで日本で起きた災害を教訓にして、孤独死対策に力を入れていた。

 特に見まわり体制には力を入れており、6戸ごとに住民の中から戸長を選任し、さらにその上に組長を選任する体制で、仮設住宅の見まわりなどを行っていた。

 この仮設住宅では、2011年当時は組長2人、副組長2人、戸長35人の体制を作っていた。仮設住宅は、元の住所ごとに集められているため、戸長が見回るのは大抵が顔見知りだったそうだ。