「昔の日本はよかった」という幻想が巷にあふれている。
よく言われるのが、昔の日本人は道徳心が強く、ルールやマナーをきちんとわきまえていたというものだ。
はたして本当にそうだろうか。実際には、少し前まで日本人は街中でタバコの吸い殻やゴミをどこでもポイポイ捨てていた。旅館やホテルで備品を持ち帰ってしまう人も数知れず。少年凶悪犯罪だって実は1950~60年代のほうが今より圧倒的に多かった。
家族のあり方についても「昔はよかった」という人がいる。「日本では伝統的に3世代が1つの家に住んでいた。老人は家の中で大切にされ、敬われていた。おじいちゃん、おばあちゃんが孫の面倒を見るから教育も行き届いていた。それが今ときたら・・・」と嘆くのである。
しかし、日本の古典文学に精通する古典エッセイストの大塚ひかりさんは、きっぱりと「それは幻想です」と言う。
大塚さんは、著書『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』(草思社)において、日本の昔話、古典文学の中で老人がどう描かれていたかを紹介している。昔話や古典文学を通して歴史を振り返ってみると、長らく日本では結婚して家族をもつことができるのは一部の特権階級だけだった。たとえ子や孫がいたとしても、大切にされたり敬われはしていなかった。むしろ、蔑まされ、邪魔者のように扱われていたのである。