人間にはぞっとするほどの暴力性と、平和を望む非暴力性とが備わっている。幸いにして、人類史を通じて暴力は減り続けてきた、と心理学者のスティーブン・ピンカーは力説する。最近邦訳が出版された彼の著作『暴力の人類史』(青土社)を参照しながら、人間の本性について考えてみよう。

 2011年に出版された『暴力の人類史』の原題は、"The better angels of our nature - why violence has declined"(われわれの本性はよりよい天使-なぜ暴力は減ってきたか)である。邦題を見ると人間による暴力の歴史をつづった憂鬱な本だと誤解されそうだが、実際には人類史を通じて暴力が一貫して減少してきたことを立証した本である。「人類の未来に向けた希望の書」という帯の説明のほうが、本書の内容をよく表している。

かつて略奪、決闘、殺害は当たり前だった

『暴力の人類史 上』(スティーブン・ピンカー著、幾島幸子・塩原通緒 翻訳、4536円、税込)

 著者はまず、狩猟採集生活時代の残虐性を暴き出す。国家が成立する前の部族社会では、土地・資源・女性をめぐる部族同士の略奪や戦争が頻繁に起きていた。その結果、10万人あたり平均500人が毎年殺されていた。農業が開始され、国家が成立した後の社会では、このような略奪や戦争が減り、死者数も10万人あたり平均100人を下回るようになった。さらに、中世の小規模国家が統合されて中央集権国家が成立し、警察機構によって治安が向上すると、殺人が減った。英国では、最初の統計資料が得られる1300年代には、10万人あたり数十人が毎年殺されていたが、産業革命が起きた1800年代には数人のレベルに減少した。