5月15日、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保懇)から、集団的自衛権行使についての憲法解釈変更を主な内容とする報告書が安倍晋三首相に提出された。これを受けて行われた安倍首相の会見は、なかなかよく吟味されたものであった。
情勢の変化とともに変化してきた憲法解釈
憲法第9条の解釈をめぐっては、これまでも多くの変遷があった。国際情勢が変化すれば、憲法解釈が変わるのは当然のことであって、何ら問題にすべきことではない。
大日本帝国憲法の改正案として現憲法が国会で審議された際、当時の吉田茂首相は「戦争抛棄に関する本案の規定は、直接には自衛権を否定はして居りませぬが、第9条第2項に於て一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、また交戦権も抛棄したものであります」(1946年6月26日、第90帝国議会衆議院帝国憲法改正案特別委員会)と答弁し、自衛のための自衛権発動まで否定していた。
だが鳩山一郎内閣になると、「『憲法は自衛権を否定していない。自衛権は国が独立国である以上、その国が当然に保有する権利である』とし、また憲法は『国土が外部から侵害される場合に国の安全を守る』ため『必要な限度』の『自衛力』を持つことは禁止していない」」(2006年3月「自衛権の論点」国立国会図書館調査及び立法考査局、山田邦夫)と変更した。
集団的自衛権についても同様だ。日米安保条約改定審議の中で当時の岸信介首相は、「一切の集団的自衛権を持たない、こう憲法上持たないということは私は言い過ぎだと、かように考えています。・・・他国に基地を貸して、そして自国のそれと協同して自国を守るというようなことは、当然従来集団的自衛権として解釈されている点でございまして、そういうものはもちろん日本として持っている」(1960年3月31日、参院予算委)と答弁し、集団的自衛権を保持しているだけではなく、広い意味での集団的自衛権は行使していることを認めている。
それが田中角栄内閣や鈴木善幸内閣のもとで、「集団的自衛権を行使することは、憲法の容認する自衛の措置の限界を超えるものであって許されない」(1972年10月)、「憲法9条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考えている」(1981年5月)というように憲法解釈を変更してきた。