2月11日のこと、「偽ベートーベン事件」が発生して以降、初めて朗報と言えるものを目にしました。桐朋学園大学で新垣隆君に指導を受けた学生が主体となってネットで署名が集められ、それに動かされて、新垣君自身が願い出ていた非常勤講師の辞職願いを大学側が白紙撤回したというものです。

 2月11日の時点で7700人あまり、そのあとすぐに署名は8000人を超え、本原稿の執筆時(2月17日)には1万7726人に及ぶ人々が新垣隆君の地位保全を求めて大学に働きかけています。

 こうした事例は日本の音楽史上、かつてありませんでした。インターネットの普及があってこそ、とも思います。が、そこに表れる、新垣君の音楽家としての確固たる実力と、素晴らしい人格を、広く社会に誤解なく受け取ってほしいのです。

 この署名は私のところにも送られてきました。このリンクです。

 いま現在でも署名することはできます。 私も1票分ですが、名を連ねさせてもらいました。大学側の合理的な判断に心から感謝と敬意を表したいと思います。

 実際、新垣君は今回、自ら記者会見を開き、事態を明らかにするとともに、潔く責任を取る覚悟を決めました。が、彼自身、民事・刑事を問わず何らかの責任を司直に問われているわけではありません。

 もっと言えば、彼が実行した程度のことで大学の職を去らねばならないとしたら、現在各地の音楽大学で作曲の教授職、あるいは学部長経験者なども含め、非常に多くの人が大学を去らねばならなくなる音楽業界の現実があります。

 さらに、こうしたクリエーター側の去就に注目が集まり、本来より問題の根が深い、NHKを含む公共媒体、マスメディアが加担した今回の問題の、本当の病根が見えなくなることを、大いに懸念しています。

 以下、ポイントを絞って一つひとつお話ししていきましょう。

新垣君が問責されるなら、多数の音大教授がクロ判定

 前回(連載第2回)1999年に作られたゲーム「鬼武者」の音楽関連までの新垣君の仕事は、全く通常に世の中で行われている「スタッフライター」としての音楽書き、買い取りの仕事で、犯罪性など一切ない、ということを明確に確認しました。

 これが問題になるなら、非常に多くのゲームミュージックでクレジットされていない人による何らかの共作の可能性がありますので、全部問題にせねばならないでしょう。2001年以前に新垣君が受けたのは、ごくごく普通の「買い取り仕事」に過ぎません。

 また納品後に「偽ベートーベン」が行った「偽計業務」、つまり「これらは私が作曲した」「私は耳が聞こえない」などと称して米国タイム誌に「現代のベートーベン」として取り上げられるなどの展開は、私たち通常の音楽家の想像を絶したものです。

 かつ新垣君と相談して行われたものではなく、もっぱら偽ベートーベンの作為になる別途の詐称にほかなりません。新垣君は「共犯」ではないのです。

 さて、この状況が変化するのは、週刊文春2月13日号の記事に従うなら2001年以降とのことです。

 米国「タイム」誌に取り上げられるなどした「偽ベートーベン」は「将来はハリウッド映画の音楽を作る」「アカデミー賞を獲る」などと発言するようになり、それと前後して「交響曲第一番『現代典礼』」と称する作品を作るべく、新垣君にアンカーとしての譜面書きを依頼します。