大相撲界が底なし沼から抜け出せない。力士暴行死事件、大麻問題、野球賭博、暴力団との黒い関係、と吹き荒れる不祥事の嵐に、7月場所が開けるかどうか分からない事態にまで追い込まれている。角界存亡の危機と言える状況だ。

朝青龍を引退に追い込み、自分たちは賭博にはまる

 「平成の大横綱」と呼ばれた朝青龍明徳の「引退」による人気の地盤沈下も予想以上に尾を引いているようだ。

 公私とも話題に事欠かないきかん坊的性格が災いし、日本の国技、そして神事でもある大相撲の最高峰・横綱としての品格に欠けるというのが最大の問題だったわけだが、朝青龍の祖国モンゴルでも相撲は「ブフ」と呼ばれる伝統ある国技として人気のスポーツである。

 その朝青龍の横綱昇進から日も浅かった2003年9月のモンゴルでのこと。夜9時というゴールデンタイム(モンゴルでそう言うかどうかは知らないが)にテレビをつけると、そこに映し出されたのは数人のモンゴル人力士たちだった。

ウランバートル市内のスターリン様式の建築物

 「今日の朝青龍」といった感じの30分ほどの番組で、繰り返し日本の9月場所での取り組みを映し出しているのだ。大リーグに送り出した野茂英雄やイチローの活躍を心待ちにしていた頃の日本人の熱狂ぶりにも似ている。

 モンゴルの首都ウランバートルは、スターリン様式と呼ばれる巨大な空洞の如き建築様式の庁舎群が立ち並ぶ中心からちょっとはずれれば、テントのような遊牧民伝統の住居「ゲル」に昔と変わらず住んでいる者もいる、こぢんまりとした街である。

モンゴルのゲル

 街角では子供ばかりか大人までもが「野相撲」をしていて、ちょっとけしかければ私のような見知らぬ者とも取り組んでみたりする。現状の日本よりはるかに深く相撲が生活に浸透しているのだ。

 そんな彼らの英雄とも言える朝青龍が追われるように角界を後にしたことは、モンゴルのマスコミがその是非を日本以上に激しく議論するほどにショッキングな出来事だったようである。

ザイサン・トルゴイの高台からウランバートルの街を望む。ソ連兵とモンゴルとの友好のモニュメントで内面の絵には踏みつけられるナチス兵と日本兵の姿がある

 1980年生まれの朝青龍が、ドルゴルスレンギーン・ダグワドルジという本名を書くとなると、ロシア語同様のキリル文字を使うことになる。1992年、現在の「モンゴル国」となるまでソ連の衛星国であったことを考えれば、至極当然のこととも思える。

 しかし、1924年、ソ連追従のモンゴル人民革命党によるモンゴル人民共和国が成立してから、それまでの縦書きが主体のモンゴル文字による表記が、ローマ字を経てキリル文字へと変更されたのは、それほど前のことでもない。