慶応義塾大学医学部の近藤誠先生が書かれた『医者に殺されない47の心得』(アスコム)が医療関連本としては記録的な売り上げを見せているとのことです。

 軽い風邪に抗生物質はいらないなど、賛成できる部分もあります。しかし、近藤先生の主張で一番インパクトがあるのは「がんもどき理論」でしょう。

 症状がなく検査で見つかり手術で治るがんは癌ではなく“がんもどき”、なので放っておいても命には別状なし。本当の癌は転移を起こすので、手術や放射線や化学療法などでは治らない。それどころか、手術や抗がん剤などの治療を受けるだけ寿命を縮める。

 これが「がんもどき理論」で、その結果、この本では「がん放置療法(がんは放置した方が楽に長生きできる)」を確立したと宣言しているのです。

 もしもこの理論が正しければ、「癌の見落としで命を落とした」という医療訴訟は完全になくなります。なぜならば、その癌は“がんもどき”ではなく本当の癌であったので、早く発見して手術しても寿命を短くするだけだったのですから・・・。

 「何もしないというのも治療」という選択肢を世に知らしめた功績は確かにあると思います。けれども、これほどまでに「ホンマでっか!?」的な本が売れるのは、「医療でできないこと」の議論がタブー視されてきたことも原因の1つなのではないでしょうか。

現代の医療で提供可能な選択肢を全て示していない

 この本について、私の専門分野である消化器の部分について2点感想を述べます。

 近藤先生は、20年ほど前に有名なニュースキャスターが胃がん手術を受けた後、数カ月後に治療のかいなく亡くなった例を挙げています。だから、がんの手術や抗がん剤治療は不毛であり放置療法(治療しない)が一番という説明になっています。

 この書き方だと、人によっては今も同様の手術が行われていると思ってしまうことでしょう。しかし、20年前と同様の手術が今行われることはありません。

 現在では、腹腔鏡(お腹の中に小さな穴を開けて細い管を入れる)がまず行われ、開腹さえも行われません。