私は、今年3月に東京大学大学院医学系研究科の国際保健政策学修士課程を修了し、今秋より London School of Hygiene and Tropical Medicine(LSHTM)の博士課程(Doctor of Public Health)に進学予定の学生です。

 従来型の受け身の国際医療支援ではなく、国民参加型で健康増進を目指す国際保健(グローバルヘルス)の専門家になりたいと思っています。そのうえで、現在の私にとって大切なのは、海外での経験を積むことです。 大学の恩師からも「広い視野を持て。様々な経験を積め。博士課程で海外に留学せよ」と言われてきました。

 ただ、留学は簡単ではありません。学業も大変ですが、留学資金を準備する必要があります。私の場合、留学資金は修士入学直後の2年前から集め始めました。奨学金に応募すると同時に、アルバイトを始めました。

 特に、東日本大震災後は、福島県に入り、医療支援チームに帯同しました。飯舘村・南相馬市・相馬市などで、住民の健康診断や放射線説明会のお手伝い、あるいは病院のカルテ整理をしました。国際保健の専門家を目指す私にとって、貴重な体験になると同時に、アルバイト料をいただくことができました。

 おかげさまで、留学先も見つかり、資金の目途もつきました。今秋からの新たな生活に向け心躍らせていました。ところが、昨年末、予想もしていなかった問題が発生しました。アベノミクスによる円安のため、留学費用が足りなくなったのです。

 昨年の7月のレートでは、1ポンド=125円ほどでしたが、今年5月には1ポンド=155円まで上がりました。留学予定のLSHTMの学費は、年間で1万3280 ポンドです。昨年までなら、日本円で約166万円だったのですが、現在では約205万円まで跳ね上がりました。

 日本の奨学金の多くは、日本円で支払われます。また、他団体からの奨学金との併用を禁止しているところが多いため、差額は自分で稼ぐ必要があります。

 もちろん、今春の大学院卒業から秋の渡英までの期間は、さらにアルバイトをして生活費を稼ぐつもりでした。ただ、限界があります。専門資格を持たない私が、数カ月でさらに50万円を集めるのは至難の業です。留学を諦めることも考えています。

 実は、これは、私だけの問題ではありません。私の修士課程の同級生に、今秋から英国の Imperial College London にて博士課程(PhD)への進学を予定している男性がいます。

 彼の進学先の学費は年間2万8500ポンドです。この数カ月で約360万円から約442万円に、82万円も値上がりしたことになります。82万円の3年分、さらに生活費を含めると、留学費用は300万円以上、高くなりました。

 これは、氷山の一角だと思います。アメリカドルの為替レートも上がっているので、円安の影響は英国のみならず米国へ留学を希望する学生にも大きな負担となるでしょう。

 留学のための学費や生活費を、自らが汗をかいて、確保するのは当然です。しかしながら、学生には限界があります。高給のアルバイトはありません。現状で留学が可能なのは、医師や官僚、大企業の社員、あるいは裕福な家庭の出身者などに限られます。

 この数カ月の一連の経済政策による円安の傾向は、日本の経済回復の上ではとても喜ばしいことではあります。しかしながら、日本の未来を担う若者の夢を潰してしまう副作用があることを、政府や政治家、そしてアベノミクスの恩恵を受ける企業や投資家には深く理解し受け止めてほしいと希望します。