3月16日、米太平洋軍司令部は沿岸域戦闘艦(LCS:Littoral Combat Ship)(以下、LCSと表記する)の1番艦「フリーダム:Freedom」を東南アジアに配備すると発表した。このニュースは、あまり読者の興味を引かなかったかもしれないが、軍事的にはかなり大きな意味を持つ発表である。本稿においては、その意義について解説してみたい。
「フリーダム」は、ウィスコンシン州ミルウォーキーにあるマリネッタ・マリーン造船所において建造され、2008年8月に就役、その後サンディエゴにおいて1番艦としての様々な試験を実施していたが、このほど実戦配備可能と認められ東南アジアに配備されることになったものである。
このような長期の試験を必要とした理由はLCSの運用構想そのものにあり、一言で表せば「LCSは米海軍が一度も経験したことがない全く新しい構想の下に建造された画期的な戦闘艦である」ということである。
LCSの計画、建造については複雑な経緯があるが、その内容については後に述べることとしたい。
今回のLCSの配備は、2007年以来中国の海洋進出、特に南シナ海における海軍力の拡張と海洋権益の主張が著しく、ベトナム、フィリピンなど周辺諸国との漁業権、島嶼領有権などを巡る深刻な対立を引き起こしており、また米国を始めとする「航行の自由」を重視する国家にとっての大きな脅威となりつつあることから、これに対する抑止効果を狙って決定されたものと考えられる。
ここで、LCSの配備が軍事的に何を意味するのかについては、米海軍の新しい戦いの概念についての理解が必要である。
LCSは、DDG(イージス艦)と並んで、今後米海軍の兵力整備の中心をなす艦種であり、合計55隻の建造(完成年度は2035年の予定)が計画されている。LCSは、東南アジアにおいて引き続き配備が継続され当面4隻の配備が予定されていると言われる。将来的には東シナ海などを睨んで佐世保への配備も十分あり得る話である。
以下、LCSが果たしてどのような目的をもって計画され、どの様な能力を有する戦闘艦なのか。その運用構想はどの様なものか。LCSの東南アジア配備がどの様な意味を持つのか。などについて論じてみたい。
LCSを生んだ米海軍戦略
LCSを論じるには、遠く2002年まで遡らなければならない。同年6月米海軍作戦部長クラーク大将は海軍大学校において、新たな海軍戦略「シーパワー21:Sea Power 21」を発表した。
この戦略は、当時ジョージ・W・ブッシュ大統領が唱えた「軍の変革:Transformation」に応えるものであり、将来の米海軍の作戦および兵力整備を「海上からの攻撃:Sea Strike」、「海上における防御:Sea Shield」及び「海上における基地:Sea Basing」の3つの重点作戦に分けている。
Sea Strikeは、敵陸地に対して攻勢的戦力を投射する作戦であり、精密かつ持続的な攻撃の実施、情報戦(ISR: Intelligence Surveillance Reconnaissance)における優位の獲得、特殊部隊(SOF: Special Operation Forces)及び海兵隊の活用を重視している。
このためのアセットとして空母、艦載機(F-35、FA-18)、DDX(多目的駆逐艦)、SSGN(トマホーク搭載原子力潜水艦)、SSN(攻撃型原子力潜水艦)、戦術トマホーク、精密誘導爆弾(JDAM: Joint Direct Attack Munition)、多目的哨戒機(MMA: Multi-Mission Aircraft)、無人機Global Hawkなどを挙げている。
Sea Shieldは、敵海域における防御力の投射作戦であり、敵の攻撃からの米海軍部隊の防御、同盟国との共同、沿岸を経由しての敵基地への確実な近接および米本土防衛を重視している。
その中の主要な作戦としては戦域対空・対ミサイル防衛(TAMD: Theater Air Missile Defense)、沿岸域対潜水艦戦(LASW: Littoral Anti-Submarine Warfare)、機雷戦(MIW:
Mine Warfare)、本土防衛(Homeland Defense)が挙げられている。
このためのアセットとしては、後述するLCS、 DDX、 CGNの3種の系列艦、SSN、イージス艦によるミサイル防衛(BMD: Ballistic Missile Defense)、共同交戦能力(CEC: Cooperative Engage Capability)、SM-6(長射程対空ミサイル)、多目的哨戒機、無人機などを挙げている。
Sea Basingは、国際海域を有効に使い統合戦力を海上から投射すること、同盟国との共同作戦の能力発揮、指揮管制・火力支援・後方支援を実施することである。地球表面の75%は海であり、世界における軍事力投入のために海を有効に使うという考え方である。
すなわち、敵陸地沖の海上に設けた艦船群による「海上基地」に海兵隊や資材・補給物資を集積し、これを陸上へ投射する作戦である。
このためのアセットとしては、空母打撃群(CSG: Carrier Strike Group)、遠征打撃群(ESG: Expedition Strike Group)、洋上即応海兵隊(MPG: Maritime Preposition Group)、戦闘補給艦隊(CLF: Combat Logistic Force)、高速輸送船(HSV: High Speed Vehicle)、MV-22オスプレイ、C-17(大型輸送機)が挙げられている。
また、これらの作戦を効果的に実施するために、海軍のあらゆるセンサーを統合し、情報を武器に迅速に提供するフレームワークとして「フォースネット:Force Net」というアーキテクチャーの構想が打ち立てられた。これは、NCW(Network Centric Warfare)という新しい戦い方を実現するための根幹となるアーキテクチャーである。
NCWは、味方部隊に張られたネットワークにより、迅速に情報を収集し、この情報を正しく管理し知識化して配布することにより、全員が適切に処理された同じ情報を入手し、指揮官の意図に沿う正しい判断を可能とする「新しい戦いの概念」である。