南太平洋、マーシャル諸島の人たちは、3.11の原発事故によって被災した福島の住民たちへの義援金を募り、被災者へ励ましの言葉を届けた。この事実に、『ふるさとはポイズンの島~ビキニ被ばくとロンゲラップの人びと』(旬報社)の著者の1人、渡辺幸重氏は胸が熱くなったという。

 故郷を離れ、戻れるかどうか分からない不安のなかでいまだ仮の住まいを余儀なくされている福島の被災は深刻である。同様に、半世紀以上前の1954年に水爆実験によって被曝したマーシャル諸島の人々の被害も甚大だった。

 故郷の島は核実験により汚染され、離島を余儀なくされ健康被害も出た。放射能汚染がなければ平和なのどかな暮らしは一転し、以来翻弄され続けた。生活も決して豊かとは言えない彼らが、同じ放射能汚染で苦しむ福島のことをわが事として受け止め、義援金を送った。

 いまだ自分たちも汚染の問題に向き合っているのに他者を思いやる。このことに渡辺氏は胸を熱くしたのだった。

1974年から現在までを取材

 マーシャル諸島の人びとは、放射能のことを「ポイズン=poison」(毒)と言う。居住に適さないほど島全体を汚染し、死者を出すほどの健康被害をもたらした元凶である放射能は、彼らにとっては害はあっても益はない「毒」だった。

 昨年12月に出版された『ふるさとはポイズンの島』は、マーシャル諸島のなかのロンゲラップ島で、核実験によって被曝した人々のたどった歴史を、72ページのなかに写真と文章で紹介している。写真は島田興生氏、文が渡辺氏だ。

 島田氏は、1974年から現在に至るまで40年近く、ビキニの水爆実験による被災の現場と人々を取材してきた写真家で、住民の暮らしの変化を丹念に追ってきた。

 渡辺氏も現地に足を運び、島民の交通手段として船を送るプロジェクトなど住民支援の運動に関わってきた。

 マーシャル諸島は、ビキニ環礁をはじめいくつもの珊瑚の環礁からなる。遠くから見ればエメラルドグリーン、近くに寄ってみれば透き通るような海とビーチに囲まれ、椰子の木が風になびく。観光パンフにあるこうした“南の楽園”といった長閑な光景も本書はとらえている。しかしそれはほんのわずかだ。

 大半の写真は、リゾート的な海や自然ではなく、被曝に関係した生活の様子や人びとの表情をとらえ、汚染に関わる島の実情を写している。汚染された島から船で脱出する人びとの表情は沈痛だ。