マット安川 今回は政治評論家・平野貞夫さんがゲスト。昨年から2回あったという石原・小沢の連携協定の裏話をはじめ、憲法違反状態での政局運営や、歴史から見る選挙の話など、盛りだくさんの内容をお聞きしました。
過去2回の「石原新党騒動」に私は深く関わった
1960年衆議院事務局に就職。園田直衆院副議長秘書、前尾繁三郎衆院議長秘書などを経て92年に参議院議員初当選。自由民主党、新生党、新進党、自由党などを経て2003年民主党に合流。04年、政界引退。『わが友・小沢一郎』『小沢一郎 完全無罪』『平成政治20年史』『消費税国会の攻防 一九八七-八九 平野貞夫 衆議院事務局日記』など著書多数。(撮影:前田せいめい、以下同)
平野 石原(慎太郎、前東京都知事)さんが新党を作るという話は過去2回あったんです。私はその2回とも、石原さんと小沢(一郎、国民の生活が第一代表)さんの連絡役、あるいは調整役として深く関わりました。ですから今回の石原新党については特に驚きがないんですよ。
直近は去年の年明けです。私の飲み友だちに石原さんの側近がいるんですが、彼に会いたいと言われて会いましたらね、そういう話を持ちかけられた。
菅政権を、民主党政治を放っておいたらこの国はめちゃめちゃになる。健全な国にするには、小異を捨てて大同につく政治的結集が必要だ。自分はもう都知事には立候補せず、国政で頑張りたいと思っているが、そういうことについて小沢一郎はどう考えるのか、意向を聞いてくれ・・・と、そう言うんですね。
それより前の平成9(1997)年頃にも同じような話がありましてね、そのときは石原政権成立の際の基本政策まで作ったんですよ。だから去年の話は私にとっては2度目なんですが、1度目よりもずっと意義深いと思って小沢さんのところに行った。
このとき彼は、まず日本再生に関する石原さんの基本構想が不明であること、話を進めた場合に生じる既成政党とのトラブルを乗り越える現実的な見通しはあるのか、という2つの問題を指摘しました。
その後1カ月くらいそういう協議を続けていたら、石原さんが都知事に立候補することになってポシャったわけですけどね。最近の週刊誌の報道によると、森(喜朗)元総理に息子を自民党総裁にするから余計なことをするなと説得されたということですが。
今回の一件はそういう去年の成り行きの延長を、小沢さんを外した形でやろうということだと思っています。
石原新党は日本新時代を作るフロントとはなりえない
石原新党というものがやがてできて、石原さん主導で第3極を作ろういうことになりますと、思想、哲学的にはどうしても保守ですよね。それもけっこう堅い保守ですから、一番影響を受けるのは自民党です。
世論調査を見ても自民党の右派が石原新党支持に回っている。そうなると本当の意味で第3極になるのかどうかという問題がひとつありますね。