緩和された牛肉輸入規制、判断は正しいのか?

BSE沈静化の中での不安の種(前篇)

2012.10.12(Fri) 漆原 次郎
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 2012年9月、内閣府の食品安全委員会プリオン専門調査会が「プリオン評価書(案)」(PDF)を公表した。評価書の案には、BSE(牛海綿状脳症)対策としてとられている米国などからの牛肉の輸入規制を、従来の「20カ月齢以内」から「30カ月齢以内」に広げることを容認する内容も含まれている。

 牛海綿状脳症(BSE)は、「プリオンたんぱく質」という一種のたんぱく質が異常化し、牛の脳がスポンジ状になる病気だ。BSEを発症した牛は、起立不能などの末に死に至る。1996年、英国で、BSEと人での変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)という致死的病気との関係性が指摘されたことから、世界的に心配が高まった。

 若い牛にはBSEの発症例がほぼ見られない。そこで厚生労働省は、米国やカナダからの牛肉輸入を「20カ月齢以内」に限って認めてきた。さらに2011年12月、同省は、米国とカナダの牛肉について、それに輸入を禁止しているフランスとオランダの牛肉について「30カ月齢以内」までは輸入を認めようとする案を公表していた。

 その厚生労働省から、緩和の内容が科学的に安全と言えるかを評価してほしいと諮問を受け、プリオン専門調査会は「プリオン評価書(案)」を出した。米国を含むいずれの国からの牛肉の輸入について「30カ月齢以内」まで広めても問題ないという“科学的お墨付き”を与えた形だ。

 BSEを巡っては市民の不安が根強くある。今回の評価書案をどのように受け止めればよいだろうか。そこで、千葉科学大学副学長で、2009年まで食品安全委員会プリオン専門調査会の座長を務めていた吉川泰弘さんに疑問の数々をぶつけた。

 前篇では、吉川さんにBSEの原因解明や対策の現状、それに評価書案に対する自身の評価を語ってもらう。後篇では、日本で講じられてきた「全頭検査」の意味や、リスクへの考え方、さらに「非定型BSE」という新しい型のBSEの知見について尋ねる。

見えない原因、見えた対策

──牛がBSEを発症する原因はどの程度、解明されているのでしょうか?

吉川副学長(以下、敬称略) 専門家の7~8割は、BSEの原因は「プリオン」であると考えています。プリオンは、1997年にノーベル賞を受賞したスタンリー・プルシナーが作った言葉で、彼は「感染性を持ったたんぱく質粒子」と定義しています。

 いままで知られてきた病原体とプリオンという病原体が異なるのは、プリオンには遺伝子が入っていないということです。従来の病原体については、その遺伝子を解析すればどこから来たものか突き止めることができます。しかし、プリオンはたんぱく質だけで、遺伝子がないので跡を追うことができません。

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1975年生まれ。神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌や経済誌などに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。著書に『日産 驚異の会議』(東洋経済新報社)、『原発と次世代エネルギーの未来がわかる本』(洋泉社)、『模倣品対策の新時代』(発明協会)など。


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