「オープンイノベーション」という言葉は、現在のイノベーションブームに乗って急速にメディアでの登場頻度が増えている。
その火付け役はハーバード・ビジネス・スクールのヘンリー・チェスブロウ氏である。その著書『Open Innovation』(2003)に、「Open Innovation @ Intel」というタイトルの章(第6章)がある。
この章は、全9章からなる本書の一部分に過ぎないが、インテルこそオープンイノベーションの旗頭であることを高らかに謳っており、この章なしにはそもそもオープンイノベーションを語れないほどの役割を占めている。
世界各国の英知を結集して半導体研究をリードするインテル
チェスブロウ氏は、半導体を生産するための技術(プロセス技術と呼ぶ)に関連して、インテル流オープンイノベーション戦略を次の(1)~(4)のように特徴づけている。
(1) 巨大な研究開発(R&D)投資を行う。投資額の3分の1は半導体プロセス技術の改善に、残りの3分の2を新製品開発に向ける。ただし、自社では、ブルースカイリサーチ(市場化を明確に志向しない好奇心駆動型研究)のような基礎研究は行わない(IBMワトソン研究所、AT&Tベル研に代表されるサイエンスナレッジ創造型の研究組織は保有しない)。
(2) 自社の中央研究所 の主目的は、世界の大学、装置・材料メーカー、研究機関が生み出す先端サイエンスナレッジを吸収し、量産用に統合・活用することである。そのため、有名大学のスター的な院生ではなく、強い量産志向をも併せ持つ院生を採用する。
(3) 大学・研究機関での自社参加型R&Dの実施、有望大学に隣接する小規模な自社研究施設などを設置することで、先端プロセス技術の世界的な流れを逐次把握するシステムを保有する(自社研究施設は「Lablets」と呼ばれ、研究用長期休暇取得中の大学教授が主体となって運営する)。また、自社内外の細切れ的な研究・開発を体系化するための中枢組織を保有する。
(4) インテルキャピタルを通じて世界中のベンチャー企業に投資する。主目的は、有望な新技術の将来性や実現難度を見極めることである。出資先の選定・評価にはインテルR&D部門が徹底関与する。また、既存ベンチャーキャピタルとの共同出資を原則とする。
さらに、『Open Innovation』には紹介されていないが、インテルは、「ITRS(世界半導体ロードマップ)」を通じて、米・欧・日・韓・台の半導体関連開発研究者・エンジニアの英知を結集する形で、半導体プロセス技術の将来15年にわたるロードマップ作りを主導している。
その結果、日本国内でも、半導体関連の科学研究費やNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構、経済産業省系)やJST(科学技術振興機構、文科省系)などの出資機関による科学・技術研究費は、このITRSに沿ったものに配分される傾向が強い。
言い換えれば、今や、インテルは、ITRSを通じて産学のレベルのみならず世界各国にまたがって研究開発投資の同期化を図ることに成功している。
インテルのオープンイノベーションを一目瞭然に
以上のように特徴づけられるインテル流オープンイノベーションであるが、筆者が長年おつき合いしている半導体プロセス技術の専門家には、上記のチェスブロウによる叙述の現実妥当性に半信半疑な方が少なくない。