陸には無数の川が走り、四方を海で囲まれている。こうした土地で日本人は「魚」との関わり合いを続けてきた。日本人は「魚食の民」とも呼ばれる。

 しかし、長らく安定していた魚と日本人の関係は、現代に入ってから大きく変わってきた。人の営みが大きく変わり、それが魚の個体数や多様性にも影響を与えている。しかも、良い方向に変わった点を見つけるのは難しい。魚の個体数は減り、絶滅が危惧されている種が増えている。

 危機にある魚たちを救うための現実的な解とはどのようなものか。東京海洋大学の吉崎悟朗准教授は、絶滅のおそれのある魚たちの卵や精子を大量につくって保存することに、その解を見出している。

 そして、その中心的技術として開発してきたのが「ヤマメに、ニジマスの卵や精子をつくらせる」「サバに、マグロの卵や精子をつくらせる」という驚きの方法だ。いわば“代理親魚”に、増やしたい魚の卵や精子をつくらせるわけだ。なぜ、このような方法が有効なのだろうか。

 前篇では、日本人と魚の関わり合いの変化を見るとともに、吉崎准教授が魚を増やすための研究に着手するようになった経緯を聞いた。後篇では、吉崎准教授が研究開発している「代理親魚に卵・精子をつくらせる方法」に迫りたい。魚を増やすための手段として、いかにその方法が精密で考え抜かれたものであるかが分かるだろう。

 川と海。この場所に棲んでいる魚を大切な資源の1つとして、日本人は生きてきた。

 川の流域に人は暮らし、川で生きる魚を獲ってきた。例えば、鮭や鱒(ます)。海に出たあと、再び故郷の川に産卵のため戻ってくる魚だ。この鮭・鱒を、日本人は先史時代から現在にかけて、手づかみ、銛(もり)、投網、そして釣りといった様々な方法で獲ってきた。奈良時代に成立した日本の地誌『風土記』には、鮭や鱒、それに鯉、鮒、鮎などの漁法が記された。

 自然からの恵みをありがたがる心もあった。新潟県から秋田県にかけての川の流域では、塔婆や石碑を建てて鮭の供養をしてきた。山形県の鮭川村では鮭・鱒を崇拝し、獲れた鮭を塩漬けにして吊るし、ハレの日などに食べる「鮭の新切り」(ようのじんぎり)といった習わしがあり、伝統が受け継がれている。