トヨタ生産方式が故大野耐一氏の思いとは異なる方向に進んでいく実態を憂いて、このコラム「本流トヨタ方式」を書き始めました。前々回より「自働化」の話をしています。前回は、1924年に豊田佐吉翁が完成させた「G型自動織機」を取り上げ、その「自働化」のカラクリを写真と動画で説明しました。

 今回は、「自働化」の持つたくさんの意味の中から「人間を機械の監視作業に使わない」という意味での「自働化」について、深掘りしたいと思います。この「自働化」をトヨタ生産方式では「人の仕事と機械の仕事の分離」と言います。

 ITが進歩した今日では、電気洗濯機や自動皿洗い機などの家電製品にも「人の仕事と機械の仕事の分離」機能が盛り込まれています。

 家電製品は動作をコンピューターで制御されています。指示通りに仕事を終わらせると信号を発し、止まった状態で待っています。そのため、洗濯機の横に立ってじっと監視している主婦はいません。洗濯機から離れて、朝のテレビドラマを見たり、メールしていることでしょう。

 このように日常生活の中では「人の仕事と機械の仕事の分離」が当たり前のようになってしまっていますので、その深い意味が、読者の皆さんに伝わりにくいと思います。しかし、歴史を遡って見てみましょう。その意味を理解できるようになるはずです。

同時代のフォードの工場には「遠心調速機」

 佐吉翁が「G型自動織機」を世に出した頃の技術レベルを示す写真があります。

 下の写真は、筆者が10年ほど前にヘンリーフォード博物館(米国・ミシガン州)で撮影した蒸気エンジンです。おそらくG型自動織機が世に出る頃には、フォードの工場で稼働していたと思います。

蒸気エンジンの全体(左)と「遠心調速機」を拡大した写真(右)

 大きなシリンダーと、さらに大きい弾み車の間に、2つの球状の重りが付いたビンのようなものがあります。これはジェームズ・ワットが実用化したと言われる「遠心調速機」です。

 出力軸の回転に応じてこの装置が回転します。回転数が上がると、2つの球状の重りが遠心力によって外に出て行こうとし、次第に浮き上がっていきます。すると繋がっているリンクが上がり、シリンダーに送る蒸気のバルブを絞ります。そして蒸気エンジンの出力が落ち、回転が下がります。

 このカラクリで、出力軸の負荷が変化しても、回転数は常に一定に保たれるのです。

 筆者の知る限り、この「遠心調速機」が当時では唯一の自動制御装置です。今日のような電子機器が全くなかったこの時代に、佐吉翁はG型自動織機を開発したのでした。