金融政策決定会合の終了後、4月7日に記者会見した白川方明総裁は、対外公表文で示した「わが国の景気は、国内民間需要の自律的回復力はなお弱いものの、海外経済の改善や各種対策の効果などから、持ち直しを続けている」という景気の総括判断について、定義上は上方修正ではないとしながらも、「先月から一歩判断を進めた」と述べた。個別では、企業の景況感や収益の改善を示した日銀短観3月調査を踏まえて、設備投資についてもやや強気の見通しを示した。個人消費への影響が大きい雇用については、「ここ数カ月の動きを見ていると明らかに歯止めがかかってきた」と明言。金融環境に関しては、「厳しさを残しつつも、緩和方向の動きが強まっている」へと、判断を上方修正した。1月の中間評価時点との比較では、景気は「概ね想定の範囲内、あるいはいくぶん上振れている」という評価で、「先行きの自律回復の萌芽がいくつか見られる」とも、白川総裁は述べていた。

 一方、物価について白川総裁は、重要なのは需給バランスと人々の予想物価上昇率の2つであることをあらためて指摘した上で、生活意識に関するアンケート調査で示される人々の先行きの物価予想については、平均値ではなく中央値を重視していると言明。「中央値は、向こう1年、向こう5年の変化は特にない」という認識を明らかにした(4月1日作成「最新の『国民の物価観』」参照)。そして、「中長期的な物価上昇率に大きな変化が見られない中で、景気は持ち直しを続けており、これに伴う需給バランス改善は時間的ラグを伴いつつ物価に波及していくと判断している」「景気が全体として持ち直しており、マイナスの需給ギャップが縮小していく方向にあるわけなので、ラグを経て物価下落幅が縮まっていくのが現在のシナリオ。それが正確にどの程度になるかは次回会合の展望レポートで包括的に点検していきたい」と説明。この発言は、展望レポートで2011年度CPI(消費者物価指数)コアの政策委員大勢見通し中央値をゼロ%~小幅プラスの水準に上方修正するための布石だろう。

 新興国をはじめとする海外経済の改善を足場にして、日銀の景気判断が従来に比べて強気方向に傾斜した印象を、白川総裁の会見内容から、市場は受けた。このため4月7日夕刻の債券相場は下落し、先物は夜間取引で138円割れ。10年債利回りは1.405%に上昇した。市場の一部では金融緩和打ち止め説さえ浮上しているようである。

 だが、日銀が追加緩和に踏み切る可能性は引き続き十分存在すると、筆者は考えている。

 ここでしっかり確認しておきたい点は、昨年12月以降に日銀が追加緩和に追い込まれてきた主因は、景気の二番底リスクの有無・大小といったことではなく、長引いているデフレだということである。言い換えると、政府の意向も巻き込んで金融政策の大きな焦点に現在なっているのは、循環的な景気動向ではなく、構造的なデフレである。

 そして、日銀が「中長期的な物価安定の理解」で示しているのは「消費者物価指数の前年比で2%以下のプラスの領域にあり、委員の大勢は1%程度を中心と考えている」ということであり、菅直人副総理・財務・経済財政相がよしとしているインフレ率は、1%ないしこれをやや上回る水準である。したがって、4月30日の次回展望レポートで2011年度CPIコアの政策委員大勢見通し中央値がゼロ%を上回って小幅プラスの領域に入ってくるとしても、1%までの距離がなお相当あるようなら、日銀が追加緩和に踏み切る理由付けになってくる。

 さらに、金融緩和が長期化する場合に生じ得る弊害の1つである新たなバブル発生の可能性に関連して、白川総裁は今回の会見で円キャリー取引について、「若干の動きはあるが、大規模に起きているというわけではないと認識している」と述べた。第2の柱で点検される金融面の不均衡の可能性は、追加緩和の障害には当面なってきそうにないことがうかがえる。

 確かに、今回の白川総裁会見では、次回4月30日会合ないしそれ以降の会合での追加緩和観測を煽るような発言は、一切見当たらなかった。すでに述べたように、景気認識はそろりと前進した。しかし、緩和はもはや打ち止めではないかとみるのは早計だろう。日銀の側に立って考えると、3月に新型オペを拡充した際のように、マスコミの観測報道によって日銀の「外堀」が早々と埋まってしまうような事態は、何としても避けておきたいはずである。とすれば、今回の会見での白川総裁の発言内容に、いったん追加緩和観測を牽制しておこうとする意図がある程度込められていたとしても、まったく不思議ではない。

 筆者は、7月の投開票が濃厚な参院選まで、何も追加緩和をせずに日銀が乗り切っていくのは非常に難しいのではないかと考えている。展望レポートが出される4月30日会合と、政府が財政健全化と成長戦略の双方で重要文書を公表する予定になっている6月が、引き続き今後の2つのヤマ場である。いずれにせよ、慢性デフレ下での超低金利政策長期化という線は、動きようがない。