「検問だ! カメラ隠して!」

 運転席のジローくんが突然鋭い声を出した。

 丘の中の切通しの道だった。前方にパトカーが止まっている。20キロの立ち入り禁止ラインだ。

 道路がブロックされ、制服警官が2人立っていた。手を振って「止まれ」と合図している。

 私は一眼デジカメをシートの下に蹴り込み、ビデオカメラを帽子で覆った。「まずいかも」と焦った。もし警官が窓を開けて覗きこんだら、すぐに見つかりそうだ。緊張で胃がキリキリ痛んだ。

 止まった。警官が近づいてくる。ジローくんはダッシュボードに置いた通行許可証を指さした。敬礼する警官。車のナンバーと許可証を、交互に指さしながら確認している。もう1人は、助手席の私をじっと見ている。私はにっこりと会釈した。向こうも会釈した。

 太陽がかんかんに照りつけている。警官の横顔に汗が一筋流れているのが見えた。外は35度の炎天なのだ。

 窓を開けて私の身分を尋ねられたら、どう答えようか。そういえば何も考えていなかった。まあ、ジローくんの会社の手伝いで、とか言うしかない。私は腹をくくった。

 運転席側の警官が敬礼をした。ゲートを開けた。ジローくんがアクセルを踏んだ。あっけないくらい簡単に、白いワンボックスカーは原発20キロ圏に滑り込んでいた。警官が追ってくるような気がして、私は後ろを振り返った。

 「いったん入っちゃうと、もう誰も怪しまないっすよ」

 ジローくんは笑顔で私を見た。

逮捕されるかもしれない、でも行くしかない

 「おれ、許可証があるんスけど。もうすぐ期限切れになっちゃうんで。もったいないスよね」

 福島第一原発から20キロ圏内の立ち入り禁止区域に入って取材することになったのは、ほんの偶然だった。震災半年を前に、私は4月に取材した南相馬市を再訪していた。震災直後に出会った人たちを訪ねて「その後どうなったのか」を聞いて回っていた。「東京で聞く復興はどこまで本当なのか」をインタビューしたかったのだ。その1人が紹介してくれたのが、32歳のジローくんだった。彼は仕事先の関係で立ち入り禁止区域の通行許可証をずっと前から持っていたのだ。

 「20キロ圏内・立ち入り禁止区域」。そういえば、行ってみたい。自分の目で見てみたい。いろいろ個人的な伝をたぐってはいた。でもうまくいかなかった。それが、こんな風にチャンスが突然来るとは思っていなかった。なんの備えもない。日程もぎりぎりだ。

 「防護服とかマスクとか、いるんじゃないですかね」